5月某日、エイベックスの次世代エンタテインメントを提示するショーケース「ADIRECTOR (アディレクター)」が開催された。最先端のテクノロジーと日本の伝統・文化が融合した次世代ショーコンテンツとして今回披露されたのは、「忍者エンタテインメントショー」と「超没入型ライヴ」の2つである。今回はその模様をレポートすると共に、ディレクターを務めているエイベックス・エンタテインメント株式会社 中前省吾に制作意図を詳しくうかがった。
ダンサーの幻想的なパフォーマンスと
新感覚ARが織りなす
未来のライヴ・ステージ
ショーケース当日にまず披露されたのは、「忍者エンタテインメントショー」。現代版の忍者と表される「トリッキング」や「パルクール」をはじめ「ウォールトランポリン」「ストリートワークアウト」など、エクストリームスポーツの第一人者とダンサーたちとのコラボレーションが作る、未曾有のパフォーマンスである。重力を無視したかのようなアクロバティックで幻想的なエンタテインメントだ。
第2幕では、世界的に有名な手妻師(日本古来からの手品)藤山大樹が間者(スパイ)として登場。その後にモーションキャプチャ技術によって手足の動きをトラッキングすることで、手首や足首に向かってレーザーが投射され続け、マリオネットのように見えるメディアアート「i_to」へと繋がる。これは2018年の「Tech Open Air 日本版」でも話題を呼んだコンテンツだ。
第3幕は、透明スクリーンを用いたAR DANCEショー。リアルなダンサーと、バーチャルなダンサーとエフェクトが溶け合う新感覚のAR体験。
続いて体験したのは「超没入型ライヴ」。Panasonicとの「ACRONS」Yuke'sとの「ALiS zero」といった最新技術を活用したインタラクティヴなAR LIVE SOLUTIONである。ARP、初音ミク、響木アオ、まりなす(仮)、AIりんなといったARアーティストやバーチャルYouTuberやAIシンガーなどが次々とステージに登場する。仮想であったり非物質的なキャラクターたちがステージパフォーマンスを繰り広げる姿には不思議とリアリティーがあった。まさに未来のライヴ・ステージだ。
演出を観客に譲渡する
“観客主導型発想”エンターテックが
生み出す
新たなコト消費
ディレクターの中前は語る。
「エイベックスはレコード会社というイメージが強いけれども、エンターテックでその枠を超えたいなと思っています。それは、最近よくいわれている“コトを作ってモノを売る”ということですね。音源業界ってどちらかというとモノ売りだから、レコード会社はこれまでメーカーに近かったわけで。でも音源ってマテリアルがはっきりしているので、デジタライズがしやすい。そういう意味では僕らは真っ先にデジタライズされて変化の先頭に立たされた業界です。でも、そもそも音源業界と音楽業界って混同されがちで、音源ビジネスがうまくいったので、いつしか音楽業界の上に音源業界を置かれてしまったと思うんです。その当時は正しかったんだけど、今思うと、音源より音楽の方が幅が広いので、階層構造でいうと上にあるべきで。音源を売るのはもう陳腐化してきている。その時に、未知のものから学んで、少しでも気付いてやるということがこれからの音楽業界では大事です」
音楽業界≒音源業界として考えると、コトを作ってモノを売るエンタテインメントの未来像は、実は歴史から学べるところが多いのだと中前は語る。
「音楽業界っていうのはテクノロジーの進化とともにコトを作って、コトによって成長してきたんです。カーラジオ、カセットテープ、ウォークマン、CD、iPod、みんなそうです。モノの音質や性能を良くしたことで成長してきたわけではない。例えば1900年代にレコードを売るビジネスが生まれましたが、その20年後にラジオ放送が始まって、需要はガクッと落ちました。その後、需要が戻った理由のひとつは、実はジュークボックスなんです。あれはまさにコトを作ってモノを売ったんですね。自分の選曲センスを披露するとか、恋人と一緒に踊りたいからこの曲をかけるとか。それって、音楽業界がライヴ的な価値に戻ってきている今と、まったく同じじゃないですか。要は音楽を使って何かするっていうのは今に始まった新しいことではなくて、回帰的な新しい価値だと思うんです」
音楽業界の視点で見ていくと、音楽とはそもそも体験であり、コト消費だったのだと中前は力説する。そこは今でも変わらない。
「例えばサブスクリプションっていうのは自分がまだ知らない、好きになるであろう曲にいつでもアクセスできるっていうコトでもあるんです。そうすると、人工知能によるレコメンド機能が必要になってきます。」
ではそんな中前は、「ADIRECTOR」をどのように楽しんでもらいたいと考えているのだろうか? その答えは「ADIRECTOR」というタイトルの中にある。これは、個人を意味する “A”と、決定する人を意味するDIRECTORを組み合わせた、中前による造語である。いわば観客主導型のエンタテインメントを意味している。
「テクノロジーを使って、もっとインタラクティブにコミュニケーションしながら新しいライヴ体験を作るのが『ADIRECTOR』です。いわばオーディエンスの反意語。オーディエンスはラテン語で元々は“聞く”という意味で、転じて聴衆、つまり大勢の人が一方的に受動するっていうのが本来の意味です。でも演出やコミュニケーションのやり方も時代が変わってきている。例えばTikTokなどで起こっているのは、今までは僕らの意図で演出して作ったものを一方的に提供して見てもらうっていうコミュニケーションが、全く逆転している。お客様は僕らの思っているようには踊らないし、彼らこそ発信者になっているっていう時点で、もはやオーディエンスではない。そういう事をわかった上で『ADIRECTOR』では、ライヴでの演出をお客様側にどれだけ譲渡していけるかを仕掛けたい。そういう発想によって、音楽業界は成長していけるんだと思います」
日本文化とARに見出した相性の良さ
伝統を受け継ぐ貢献意識で
エンタメをスケールさせる
それを実現するためのテクノロジーがARやVRである。今後のエンタメ市場におけるAR・VRの活用に、中前はどのような可能性を感じているのだろうか?
「VRやARの良さは当たり前ですけど、物理法則に縛られないところです。だから衣装を変えられたり、照明の色を変えられたりする。じゃあそれを変えるのは誰か。それはやはりお客様です。作り手は選択肢を用意して、いろんな人の思いや集合知、多数決で決めてもいいし、もしかしたら少数決で決めてもいいかもしれない。だから映像として立体に見えるとか、きれいに見えるっていうのはあくまでハード側の問題に過ぎない。むしろエイベックスとしてがんばらないといけないのは、いかにお客様とコミュニケーションするかっていうところだと思っています」
そうした新しい“コト”を作る、どんなコンテンツを作るかという時に今回注目したのはインバウンド市場である。日本を訪れる外国人は年々増加し、5年で4倍にまで伸び、2020年までに4,000万人の市場に成長すると見込まれている。逆に中前氏はかつてFACTのマネージャー、ディレクターとして彼らを欧米でデビューさせ、日本に逆輸入をするというアウトバウンドとインバウンドを仕掛けた経験がある。
「海外に向けて発信して逆輸入みたいなカルチャーを作って売るっていうのは、00年代以降ではFACTはまさにパイオニアの一つであったと思います。一方で、日本人にしかできない日本文化を世界に発信してきたかというと、僕自身はやってこなかった。当時は日本のインバウンド市場がここまで大きくなかったので、外に出るしかなかった。ハイリスクなので、欧米の市場に合うものである必要がありました。ただ、現在は、海外の未来顧客が向こうから日本に来てくれるというインバウンド市場が伸びているのであれば、ビジネスマンとしてもディレクターとしても、また一人の日本人としてもちゃんと目標を掲げて、そこで日本文化をアピールしていきたいって気持ちはありますよね」
中前はAR・VRに対し、日本ならではの強みがあると捉えている。
「ARライヴっていうのは非常に日本的だと思います。リアリティにこだわるっていうのはハリウッドとか欧米のスタイルですよね。あれはあれで素晴らしいですけど、日本人は葛飾北斎のスタイルが合っているとも思うんですよ。北斎は一点透視法の西洋的な写実の絵がちゃんと描けたんだけど、あえて描かなかった。日本のマンガの良さって二次元的なアプローチにあると思います。それは、ARとも非常に相性がいいんですよね。VRやARにおいて今後必要なのはこういう割り切りかなって思います。僕はその割り切りって日本人が得意な気がするんですよね」
海外での「NINJA」の認知率は非常に高い。ある調査では、日本に訪れる海外からの旅行客にとっては、寿司と並ぶほどの認知率だともいう。今後のエンタメにおけるインバウンド市場で、『ADIRECTOR』ではさらに日本独自のコンテンツを今後も展開していくのだろうか。
「『ADIRECTOR』は演出を提示していくもうひとつ上位レイヤーの場と位置づけていますので、あくまで今回限定のコンセプトですね。ただレーザーの色とか、分身する術を土遁(どとん)にしたいか火遁(かとん)にしたいか煙がいいかっていうのはお客様が決める、そういうショーを『ADIRECTOR』として作って行きたいなって思う。いかにお客さんに演出を譲渡していくか、その幅を持ったクリエイションをしていくかっていうのが大事だと思っています。お客様側が楽しいことを作ることで、僕らはお金をいただく、エンタメはその追求なんだってことは今も昔も変わりません」
今回のプロジェクトでは、日本忍者協議会、PanasonicからMicrosoftまで、さまざまなパートナー、コンテンツサプライヤーとオープンに協業をしているのも特徴だ。
「忍者とかARとかって、日本のIPだと思うんです。なのでいろんな企業さんとやりたい。エイベックスだけでやるってことじゃなくて、みなさんと一緒にやりたい、と。それはいわゆる製作委員会方式の方がリスクヘッジできるってのとは根本的に違って、そうしないとこの規模のものは本当にできないんです。ARライヴも本当に葛飾北斎から続く脈々とした日本文化であったり、手塚治虫さんとか大友克洋さんたち先人が作り上げた伝統があってこそだと思います。パイを大きく広げることを一義にするのではなく、どこかで社会や文化に貢献したいということも意識してやるからこそ、僕はスケールすると思うんです」
2019/09/22(日)・23(月・祝)に幕張メッセにて、AIやバーチャルアーティストなどの多種多様なキャラクターたちが一堂に会する世界初の音楽の祭典「DIVE XR FESTIVAL」を開催するという。エイベックス『ADIRECTOR』が音楽業界に提示する新しいエンターテックの動向から、しばらくは目が離せそうにない。
エイベックス・エンタテインメント株式会社
レーベル事業本部 クリエイティヴグループ
ゼネラルディレクター
中前 省吾