2024年、設立10周年を迎えたエイベックス・ピクチャーズ株式会社(API)。アニメ・映像業界にとってこの10年間は折しも、デジタル配信の普及などユーザーの視聴環境の大きな変容や海外市場の拡大など、まさに激動の時代。APIはそんな10年を、どんなチャレンジとともに生き抜いてきたのか——代表取締役社長の勝股英夫と、株式会社エイベックス・フィルムレーベルズ 代表取締役社長 前野展啓、株式会社エイベックス・アニメーションレーベルズ 代表取締役社長 大山良の3名に、これまでのAPIの歩みを振り返ってもらった。
(写真左から)前野 展啓 / 勝股 英夫 / 大山 良
業界の“新参者”
だからこそできた挑戦
まず、API立ち上げ当初を振り返り、その頃どのような思いで挑戦を始めたのか訊いた。
勝股「元来エイベックスには“常識を破る”とか“既成概念を覆す”といった企業風土があります。APIを立ち上げる際にも、そのカルチャーをしっかり踏襲してアニメ・映像業界で時代の定説を覆すパラダイムシフトを起こしていこうという気概がすでにありましたね」
大山「2014年当時、アニメ業界ではまだDVDやBlu-rayといったパッケージの売上が収益の主要な部分を占めていましたが、それもちょうど過渡期に差し掛かった頃で、APIの立ち上げにあたって、パッケージだけでなくMDやライヴ事業、また国内外の映像配信など、360度のビジネス展開ができる組織をつくろうというねらいも根幹にありました。また制作面でも、プロデュースから宣伝、営業に至るまでを一気通貫でできる組織体勢が求められていました」
API設立の翌年2015年は“配信元年”とも言われ、NetflixやAmazon Prime Videoなどの動画配信サービスが日本国内でも台頭していった時期に重なる。APIの最初のミッションは、“脱パッケージ”というパラダイムシフトをいかに起こしていくか、いかにしてその先陣を切っていくか、ということだったとも言える。
社の設立からおよそ一年という短いスパンで、APIは業界14社とともに、話題作から懐かしの名作アニメが楽しめる映像配信サービス「アニメタイムズ」をスタートさせることとなる。
© しげの秀一/講談社・2015新劇場版「頭文字D」L2製作委員会
© 高橋留美子/小学館
© 高橋陽一/集英社・キャプテン翼シーズン2 ジュニアユース編製作委員会
© やなせたかし/フレーベル館・TMS・NTV
© やなせたかし/アンパンマン製作委員会2022
勝股「2015年のNetflixやAmazon Prime Video、その後のDisney+といった海外サービスの台頭は、国内からはまさに“黒船来航”といった様子で見られていましたし、それに対峙するひとつの集合体をつくる必要があるというのは、アニメタイムズ参画各社の共通の考えでした。APIにとっては、それがその後の配信ビジネスを本格的に展開していく糸口にもなっていきました」
2016年には『avex成長戦略2020』が発表され、エイベックスの主力事業のひとつとしてアニメ事業が掲げられた。時代の波に押し上げられるようにして、APIを取り巻く環境は変化し、当然寄せられる期待も高まっていく。
勝股「この時期の我々は、アニメ業界内においてはまだまだ“新参者”。いわばダークホース的な存在として、業界の慣例的なものからもうまく外れながらヒットを創出していくんだという意識がありました」
大山「以前から業界をリードしてきた会社には、既存のヒット作品があり、それを基盤にしてビジネスを展開していくことができていました。その一方で我々にはそれが無かったんですよね」
自社の強みとなるような作品を生み出すことが目下の目標となり、APIは制作に注力していく。まだ看板作品を持っていないということはAPIの弱みであったと同時に、だからこそ新しいことに果敢にチャレンジできたと大山は振り返る。
その挑戦は、2015年、APIにとって待望のヒット作『おそ松さん』の誕生に結実する。
大山「会社の変化や時代の変化など、環境が大きく変容するタイミングには、挑戦的なアクションが生まれるもので、そんなアクションがヒットにつながっていく実感があります。そんな中で、API設立の翌年に、『おそ松さん』の放送がスタートしました。」
『おそ松さん』のヒットで確立した
360度の展開力
設立時から社のミッションのひとつであった、360度展開によるビジネスモデルの確立。それを後押ししていったのも、『おそ松さん』のヒットだった。
前野「360度のビジネスが展開できる体制になっても、それに見合うコンテンツがなければ十分に活かしきれません。2016年に『おそ松さん』のヒットがあって、初めていろんな方向へビジネスを展開できた実感がありました。『おそ松さん』を通して様々な事例を経験として取り込んで、APIの持つ技が一気に増えたような、そんな印象があります」
大山「パッケージの売上も当時のAPIで最高記録に達した一方で、キャラクター人気も非常に高くマーチャンダイズは爆発的に動きましたし、舞台やイベントといった領域にも進出していくことができました」
勝股「宣伝の面では、ファッションやライフスタイルなど、女性向けのモノやコトを取り上げる雑誌『anan』の表紙をアニメ作品として初めて飾ったことも、ひとつ象徴的なことだったと思います。幅広いファン層に向けて多様なアプローチにトライすることができました」
anan2003号(2016年5月11日発売)©マガジンハウス
『おそ松さん』の360度展開という好事例を通して、APIは自分たちの戦い方を確立することができた。以降の事業ひとつひとつにおいても確かな自信を持って挑戦することができ、それはまた後に続くヒット作の創出にもつながっていく。
前野「新たな挑戦というところで言うと、2016年にアニメ映画『KING OF PRISM by PrettyRhythm(以下、KING OF PRISM)』を公開していて、この作品もひとつの転機になりました。アニメや実写などの企画制作・プロデュース事業がある一方で、劇場に向けた映画の配給事業にどう取り組んでいくか、比較的安定した市場である映画の領域でどう勝負していくか、というのもAPI設立時の課題のひとつだったと思っています。『KING OF PRISM』は自社で制作して、小規模ながら自社配給でスタートした作品でしたが、“応援上映”という新しい映画の楽しみ方を提案し、興行収入の面でも大きな成功を収めることができました」
本来は静かに映画を楽しむ場である劇場で、上映中に大声で声援を送ったり、作品に対する愛をコスプレで表現しながら映画を楽しんだりと、これまでの常識を覆す鑑賞スタイルで人気を博す「応援上映」。近年では事例も増えてきたこの上映方法は、APIのチャレンジによって生み出されたものだ。
実際の『応援上映』の様子
勝股「“応援上映”は、他の大手配給会社だったらなかなかできない、エイベックスならではの発想、パラダイムシフトだったと思います。これは現在の我々のスタンスにも言えることですが、迷ったときにはこのパラダイムシフトというものを意識して進むことが重要です。時代が変わればまた新しいものが求められる、つまりそれまでの時代の定説を覆していくことが求められるわけです。常に変革を模索しながら、新しいヒットを創出し続けることが我々のミッションだと考えています」
やれることは全部やる。
可能性を開拓する『Mad』で『Pure』な情熱
2018年にはAPIの関連会社として、アニメーション等の企画制作スタジオ・FLAGSHIP LINE株式会社が設立される。
FLAGSHIP LINE株式会社
勝股「ヒットを創出していくためには、作品をより多くの人に届けていく力も大事ですが、その上流にある企画力と制作力がなにより重要です。FLAGSHIP LINEの立ち上げには、作品制作のリソース確保というねらいももちろんありましたが、権利の開発・獲得という意味でも企画と制作の領域を強化していきたいという意図が大きくありました」
APIの10年の歩みのなかでは中盤に差し掛かるこの時期、アニメ・映像業界内でのAPIの立ち位置も次第に確立されてきた。また、もっとも多くのチャレンジをし続けたのもこの時期だったと勝股は振り返る。
勝股「この時期は、アニメを軸にやれることは全部やってみよう、というムードが全社的にありました。360度のビジネスをとことん突き詰めていった時期ですね。今思うとやりすぎたなと思うくらいですが。舞台もマーチャンダイズももちろんですし、ほかにもゲームの領域だったり、海外へのアプローチだったり、まずは制約を設けずにとにかくなんでもやってみて、その中で何か光るものが見つかればいいなという考え方で邁進していました」
そんななか、世界はコロナ禍に飲み込まれていく。それを機にユーザーの視聴環境も大きく変容し、日常生活においてアニメや映画が、ひいてはエンタテインメントが果たす役割も変わっていった。
この大きな社会情勢の変化とともに、エンタメを届ける立場として新たな挑戦が明確に求められたこの時期。
2022年にはエイベックスの中期経営計画「avex vision 2027」が策定され、新たな企業理念「エンタテインメントの可能性に挑みつづける。人が持つ無限のクリエイティビティを信じ、多様な才能とともに世界に感動を届ける。そして、豊かな未来を創造する。」が掲げられる。「Really! Mad+Pure」というタグラインとともに、APIも新しい挑戦を模索し続けていく。
勝股「『Mad』と『Pure』はある意味背中合わせなんですよね。何かに夢中になってそれを純粋に追いかけるというスタンスを、アニメ・映像の分野でも徹底していくことで、この時代のエンタテインメントを盛り上げていきたいと考えていました」
大山「『avex vision 2027』ではグローバルを見据えたIPの開発という指針が大きく掲げられましたが、そもそもアニメの強みのひとつは世界規模でのファンの獲得が見込めるということ。ワールドワイドでのヒットの創出を、アニメの領域でもしっかりと取り組んでいこうと改めて考え始めていたのもこの時期です」
前野「コロナ禍に入ってユーザーの消費行動は変わりましたが、つくり手が作品をつくり続ける必要性は変わらなかったんですよね。映画館は閉まっているけど、配信で見られる。どんなルートでお客様に届けるかたちになっても、作品を生み出す力が強くなければいけないという点はずっと変わらなかったんです。原点に立ち返りながら、優れた作品をつくるというシンプルなことを『Mad』に『Pure』に追求していく、それが、社会的な背景もふまえて我々に課せられたミッションなのだと思いを新たにしました」
自由に、多様に、
挑戦を続ける姿勢こそAPIの誇り
2023年、グループ内の組織再編にともない、エイベックス・ピクチャーズは中間持株会社となり、アニメの企画・制作・販売と声優・アーティストのマネジメント事業を主とするエイベックス・アニメーションレーベルズ(AAL)と、映像コンテンツの企画・制作・販売、映画配給事業を主とするエイベックス・フィルムレーベルズ(AFL)を新設。大山と前野はそれぞれの代表取締役社長に就任した。
API、およびAAL、AFLにとってこの組織再編は、クリエイティヴのあり方がより自由になっていく変化でもあったという。
勝股「クリエイティヴの力の源は、結局人なんですよね。プロデューサー個人が社内外のクリエイターやパートナーと結びついた結果が、新しい作品であり、新しいヒットになっていくわけです。社名に『レーベルズ』という言葉が入っていますが、そこには様々なレーベルの集合体、というニュアンスが含まれています。個人やスモールチームが自分たちの“色”をそれぞれに発揮して、社内には強い色が様々に増えていく。それが多様なヒットを生んで、ひいては エイベックスの未来、エンタメの未来につながっていく。そういうビジョンが大元にあるんです。今は旧来的な組織のあり方にとらわれず、あらゆる才能をより良いかたちで巻き込みながら作品をつくっていく時代。業界全体的にもクリエイティヴユニットの組み方は多様になっています。我々も、社外のクリエイターとの手の組み方をより自由に考えていくことで、今まで以上にクリエイティヴに力を入れていきたい。そのひとつひとつの多様な結果を『レーベルズ』の名のもとに集積させていくことで、エンタテインメントのあらたな可能性に挑んでいきたい。この組織再編はそのための変化でもあったと考えています」
常に時代の変化を捉えながら、定石や定説にとらわれず、自分たちにしか紡げない歴史を紡いできた。“新参者”ならではのチャレンジを模索したスタートから、様々な経験を重ね、10周年を迎えた今、アニメ・映像業界においてAPIが見い出すことができた独自性とは何だったのか、誇れるものとは何なのか。最後に三人の考えを聞いた。
勝股「やはりオリジナル作品でヒットを出していることは大きな強みですね。今、漫画原作でアニメ化している作品が8〜9割と言われているなか、すでに話した『KING OF PRISM』や『ユーリ!!! on ICE』、それに『ゾンビランドサガ』や『地球外少年少女』など、オリジナルをつくっていくという姿勢はひとつの特徴になっていると思います」
大山「そのオリジナル作品をつくっていくというチャレンジをさせてもらえる環境自体が、強みでもあるのかなと思います。オリジナル作品の他にも『ルックバック』は58分の映画作品なのですが、1時間程の中編尺でのヒット作がなかった中でのチャレンジとなりました。結果、1時間でも内容如何によってお客さんに十分な満足度を持って貰えるし、逆に見に行き易さなどのメリットに繋がることがわかりました。」
前野「ここまで全方位でいろんなことに挑戦できる会社は、なかなかないと思います。様々な事業にトライしていくことで、自分たちにできることを多様に拡張してきました。その懐の深さが、会社としての粘り強さになっていると思いますし、映像業界を見渡してみても特異な会社だなと思います」
そうして常に新しい可能性を探し求めてきた10年間。そのたゆまぬ挑戦が、現在のAPIの姿を形作ってきた。
勝股はこう締めくくる。
「多様に、自由に、新たな可能性を求めてトライを続ける姿勢。それがこの10年で我々が培ってきたAPIらしさなのではないでしょうか」
今後、国外展開を視野に入れたワールドワイドな作品制作への挑戦や、実写映像作品のさらなる強化にも意欲的に取り組んでいくとも話された。APIの強みを活かした積極的な挑戦によって、次の10年がどのような多彩な色で彩られていくのか、大いに期待したい。
(写真左から)
株式会社エイベックス・フィルムレーベルズ
代表取締役社長
前野 展啓
エイベックス・ピクチャーズ株式会社
代表取締役社長
勝股 英夫
株式会社エイベックス・アニメーションレーベルズ
代表取締役社長
大山 良