昨年5月のグループ再編時、「avex group成長戦略2020」を推進していく中で事業ドメインを「ライヴ」「アニメ」「デジタル」領域に集約することを明言。エイベックスの新たな3本柱の中でも比較的新しく、テクノロジー面や海外でのビジネス面でも伸び代のある分野として期待されるのがアニメ・映像部門だ。今回は『おそ松さん』や『ユーリ!!! on ICE』、『KING OF PRISM』などのヒットアニメを世に放ち、実写映画や劇場アニメーションなど、アニメの360°ビジネスを展開するエイベックス・ピクチャーズ株式会社・代表取締役社長の勝股英夫に、エイベックスにおけるアニメ事業の立ち位置や、今後の展望を聞く。
エイベックスが突出していた
アニメと事業インフラの関係性
エイベックス移籍前はソニー・ミュージックエンタテイメントアニプレックスの代表取締役、A-1 Pictures代表取締役社長など、長年アニメ分野で多くの実績を蓄積して来た勝股。エイベックス・グループへの移籍は2012年の11月。
「ソニーグループではコロムビア/トライスラーという映画会社を買収した後に、日本側のアニメ部門の立ち上げを最初からやっていました。こちらに来てからはまた違う視点でアニメを進化させたいと考えていて。当時、エイベックス・グループは事業インフラを強く推進している印象があったんです。例えばdTVであったりミュゥモであったり。そういうものとアニメを融合させることで、さらに進化させることもできるのかな? というかなり漠然とした思いがありました」
2014年にエイベックス・ピクチャーズが設立されると、勝股は前述の『おそ松さん』『KING OF PRISM』『ユーリ!!!on ICE』と、立て続けにヒット作を連発する。そして、映像配信サービスに対するアニメ作品の供給を目的としたアニメタイムズ社を2015年にスタートさせる。
「これはまさにエイベックスに抱いていた事業インフラを強く推進するという意味で立ち上げたもので、アニメ制作会社とメーカー、出版社は講談社、小学館、集英社の三大出版社の14社連合。自社だけではなく、他社のコンテンツも巻き込んで行う共通アグリゲータビジネスです」
他にも2014年の会社設立以降、アニメソングに特化した音楽定額配信サービスのANiUTaの設立。ゲーム「マブラヴ オルタネイティヴ」を開発したanchorの取得、その延長線上でクリエーター集団のTHINKR との協業。そして今年7月にはアニメスタジオであるFLAGSHIP LINE、9月にはVRアニメーション制作ツールAniCastを開発・提供しているエクシヴィとAniCast Lab.を設立。日本のアニメ・映像部門をエイベックス単体ではなく、各社を横断する事業インフラを構築し、最先端の制作現場を作り、既存のプロダクションとは違う視点でアニメ制作を行うVR分野の開発部門ともタッグを組むーーこれらをわずか4年で成し遂げて来たわけだ。
中でも業界を横断するアニメタイムズ社の設立は、エイベックス・ピクチャーズの360°ビジネスという特性を顕著に具現化している。
「アニメ業界のいろんなお祭りや、周年行事があります。そこに合わせて新たなコンテンツや付加価値が生まれる。また、デジタルでソリューションが進んでいくと簡単にスマホで見られたりもするので、連合するというのは他社様のヒットの恩恵を受けるという意味ではなく、新しいビジネスを生んでいくということはあると思いますね。アニメって国内はレッドオーシャンなんです。新規も外資もどんどん入って来ていて、ハリウッドメジャーの力——今、中国資本もアニメを取り込もうとしていますし、もちろんAmazonやNetflixもそうです。でもその中でも日本にできる別の勢力って必要だと思うので、自社のヒット作りとは別のところで、業界の横断的な会社がアニメタイムズだったわけです」
ビジネスの次に来る
パラダイムシフトは
進化した日本独自の映像表現
アニメ好きは忠誠心の高い根強いファンが存在すると言っても、幅広く映像に触れるユーザーは、それこそ定額制の動画配信サイトで気軽に海外の映画やドラマを見られる時代。特にハリウッド映画クラスのクオリティを持つ海外ドラマなどは、幅広い層に浸透している現実から目をそらすことはできない。
「今までエイベックス・ピクチャーズが取り組んで来たことはアニメ事業のパラダイムシフトでした。いわばビジネス面ということですね。それは『脱パッケージ=パラダイムシフト』であり、それが360°ビジネスという捉え方だった。でもこれからのパラダイムシフトはビジネスじゃなくて表現方法であって、クリエイティヴなところなんです。例えばピクサーって、3DCGだと圧倒的にその表現が強い。日本は伝統的な2Dの原画描いて、動画を何枚も描いていく、CGとはちょっと違う2Dの文化がある。なので、まず表現のところで新たな挑戦をしないと、たぶん世界は狙えない。だからと言ってピクサーと同じことをやってもいけないんで、おそらく2Dと3Dの融合だったり、日本なりの新しい表現を見つけないといけないんです」
100年を誇る日本のアニメにはもちろん、世界に通用するアイコニックなキャラクターやストーリーがある。例えばスティーブン・スピルバーグ監督が『レディプレイヤー1』で描いた数々の映画に対するオマージュに、日本のアニメも登場していたことは記憶に新しい。
「メカゴジラとガンダムが戦うとか、日本のアニメやキャラクターが世界で戦える存在なんですね。あの映画は2045年の設定だったと思うんですが、将来ああいう風な使われ方をしていくのは、僕は面白いかなと思ってます。でももっと早い時期にVRで実現するかもしれない。例えば我々の作品でいうと、『ユーリ!!! on ICE』のヴィクトルってキャラクターがVR上で横に座って、羽生選手が出ているフィギュアの中継を見るとか(笑)。逆に羽生くんのVRキャラクターが横に座って、『ユーリ!!! On ICE』を一緒に見るとか、同じ何かを見るにも楽しみ方が変わってくるので、割と『レディプレイヤー1』の延長線上に、現実のビジネスがあるんじゃないですかね? ただ、この数年で実現するかはわかりませんけど(笑)」
多様な才能が起こす化学反応
エイベックスならではの
映像事業の醍醐味
日本のアニメ表現と同時に、日本人の感性やそれらが生かされたストーリーが、海外でどう受け止められているか? その変化にも勝股は敏感だ。
「9.11以降あの北米ですら、必ずしも勧善懲悪を良しとしない。誰が正義で誰が悪か? という意味では以前は『るろうに剣心』で、元は人斬りだったのが主人公だと『主人公が人斬り?』っていうような疑問が北米には絶えずありました。ただ、今は若い人だと国内外問わず価値観が近づいているから、国民性のギャップはなくなって来ていると思うし、それは逆にチャンスだと思います。もともと刷り込まれたもの以上に情報があちこちから取れるから、そうしたユーザーの変化に合わせてビジネスをしていかないといけないですよね」
アニメ文化の面白さは今後、必然的にエイベックスという事業体の中でこのビジネスであり表現形態が与える影響の大きさにも繋がってくる。
「まずは総合エンタテインメントだというところで、総力を挙げてやることはあるんですけど、もう一つには異文化、ちょっと違うタイプの人たちや才能が、アニメや映像の世界にはいっぱいいる。それが例えば音楽側の面白い異文化と化学反応を起こして、また新しいエンタテインメントにつながっていく。そういう意味でお互いに影響しあえるところで可能性が広がっていくんだと思います」
具体的にはユーザーの特性が以前のように簡単にはセグメントできないゆえの可能性を勝股は挙げる。
「例えばアニメ好きなマイルドヤンキーがいたり、『おそ松さん』のファンもいわゆるアニメコアだけじゃなくて一般女子もいる。いろんな垣根が崩れて影響しあってるんです。一つのIPでいろんな楽しみ方ができる、その楽しみ方を提供していくのが我々の仕事だと思うので、視聴方法もテレビだけじゃなく配信でも見られるし、『これはVRのアトラクションで見てください』とか、選択肢のバリエーションが、視聴方法に限らず周辺のビジネスでも山のようにあるので、多様であることはますます大事になってくると思います」
もともと大学時代から30歳目前まで小劇団で活動していたという勝股の中には、エンタテインメントに関する細やかな配慮や手作りのビジネス感覚はもちろん、ものづくりの楽しさがルーツにあるのだろう。エイベックスのタグラインについて尋ねると、逆に「どう思いました?」と質問された。すごく「らしい!」と感じたと答えると……。
「ほんと、僕も『らしい』と思ってて。MadとPureは背中合わせで、どっちが欠けてもダメ。Madは異常なぐらいに夢中になることで、Pureは純粋にそれを追いかけて行くこと。ある意味、ジャンルは違いますけど、一種役者バカとか野球バカとかと同じで、そういう三度の飯よりも好きな状況がまず作り手側には必要で、それがないとユーザーを『Really!』って驚かせることはできないものだと思います」
日本を代表するカルチャーであるアニメを進化させるためのパラダイムシフトの本質は、ビジネスを支えるインフラの再構築、そして肝心のクリエイティヴ表現へのこだわり。これらを絶妙のバランスで見極めて行く勝股のエネルギーの源流はMad+Pureな好奇心なのではないだろうか。
エイベックス株式会社
グループ執行役員
エイベックス・ピクチャーズ株式会社
代表取締役社長
勝股 英夫