エイベックスとサイバーエージェントがパートナーシップを組んで始まったサブスクリプション型音楽ストリーミングサービス(以下、音楽サブスク)『AWA』は、この5月に5周年を迎えた。それに向けたアニバーサリーサイトを開設し、大型のアップデートも行った。改めて日本での音楽サブスク文化を切り拓く一角を担った『AWA』の5年間の軌跡を、AWA株式会社・代表取締役社長の小野哲太郎に振り返ってもらった。
マスメディア×ヒットチャート
とは異なる
“新しい流行らせ方”を生み出す
そもそも2015年、『AWA』はエイベックスの松浦勝人会長と、サイバーエージェントの藤田晋社長の肝煎プロジェクトとして始まった。
「2010年にスウェーデンで始まったSpotifyは、日本ではまだ配信が始まっていない状況でした。そんな中で、松浦会長が日本でも定額音楽サービスをやりたいという想いが強くあって、なかなか良いパートナーが見つからない中で藤田と話をして、だったら一緒にやりましょうという話になりました。それもエイベックスが主体となってサイバーエージェントが受託開発するという形ではなくて、やるんだったらパートナーとしてやりたいということで、50%ずつ出資をして会社を作りました」
違う文化を持つ会社だけに一緒にやる難しさがあったことは容易に想像できるが、実は最初からうまくいった奇跡的なパートナーシップだったと、小野社長は当時を振り返る。
「そもそも両社の強みが全然違ったので、完全に役割が分かれていた。サイバーエージェントがいくらアプリ開発をしても、楽曲が集まらなければサービスとして成立しないです。松浦会長が日本で音楽サブスクをやるぞと決めて、レーベルと交渉して楽曲を集めてくださった。なので、いわばパンドラの箱を開けたのが松浦会長で、そこから横並びで一気に日本の音楽サブスク市場が開いたわけです」
競合が相次いで参入し、市場はあっという間にレッドオーシャンとなった。想定外だったのは Apple Musicの参入が約1ヶ月後という思ったよりも早いタイミングだったことだという。AWAも楽曲がなかなか集まっていない段階でサービスを開始せざるを得ず、当初は100万曲でのローンチとなった。ちなみに現在は7,000万曲を配信する最大のサービスである。
「松浦会長の想いとして強かったのは、今までの音楽の流行らせ方と違う流行らせ方を生み出したいということでした。もともと音楽の歴史って、マスメディア×ヒットチャートみたいなことで続いてきましたが、パワーを持っているアーティストやレーベルしかヒットを出せないんじゃなくて、本当にいい音楽を作っている人がそれを聴くべき人に普通に届けられるという世界にしたい、そうすればもっといろんな音楽が発見される、という想いがありました」
“雑味になり得る”機能が
音楽の楽しみを広げる
『AWA』5年間のトライ&エラー
当初からユーザーのプレイリストや親しみやすいレコメンドに『AWA』の特徴があった。またアプリのUIも非常に洗練されていた。
「本来であればプレイリストを作って公開する機能はちょっと+ αな楽しみ方なので最初は必要なくて、本当はオフライン再生を作りこむべきです。けれど『AWA』はオフライン再生ではなく、逆にプレイリスト公開機能をつけていました。それはグローバル大資本の競合サービスが参入してくることがわかっていたので、最初からちょっとズラしたところにコンセプトを置いていたんです。あとはデザインを尖らせていたり、アプリを触ったときの動きやインタラクションにこだわりましたね。海外の先進的なスタートアップが作ってそうなイメージを持たせたかった」
AWA トップページ
開始から1〜2年はアーティストの取り合い、独占配信によるユーザーの囲い込みの競争が過熱化したが、やがて終息していった。独占配信をしても、期待したほどにはユーザーが増えないということが明らかになってきたからだという。
「アーティストの楽曲を独占配信した場合、それに反応する人はそのアーティストのコアファンなのです。だからもうCDを持っていたり楽曲ダウンロードをしていたりして、音楽サブスクを選ぶ動機にはなりえなかった。つまり思ったよりも成果にならなかったんです」
その後の5年で音楽サブスク市場は順調に拡大した。一方で機能も楽曲も各社出揃ったため、市場はやがてコモディティ化し、マーケティングやブランド力の競争になっていった。その中でのトライは、5周年でのサービスリニューアルに反映されている。
「サービス開始から5年が経ち、業界としても“ユーザーが求める機能”がこれ以上なくなったタイミング。その中で、アップサイドの機能、つまり“必要ないけどあった方が楽しい機能”を作っているのが今の段階になります。今回のアップデートは2月から段階的にやっていて、一番大きいのはユーザーのコメント機能ですね。これは『AWA』としてはすごく大きなチャレンジで。好きな音楽を聴いて楽しむだけなら、この情報は本来必要ではないし、ちょっと雑味にもなり得る。創業当初からアイデアはあったんですが、やってこなかったんです。でもたくさんの楽曲を用意しても、ユーザーが好きな音楽ばかり繰り返し聴いてしまうと、それってiTunesで100円で買ったほうがよくないか、ということになります。せっかく7,000万曲があるのを存分に楽しんでもらうためには、アプリを開くために毎日違う音楽と出会ってもらって、月会費980円の価値が上がっていくことが重要だと思っているんです」
コメント機能
その背景には、「人は知らない音楽を気軽に聴こうとしない」という5年間の経験からの気付きがある。AWAでも7,000万曲以上の楽曲のうち、実際に聴かれているのは200万曲ほど。各社ともユーザーの趣味嗜好や楽曲の特徴といったデータを徹底的に分析して、トップページでレコメンドをしているにも関わらず、ユーザーは必ずしも新しい曲を聴いてくれるわけではない。
「なぜかというと、自分にとってこれは最高なものだとデータが証明していても、人間が聴きたいかどうかはまた別の話だということです。重要なのはやっぱりユーザーへの届け方やラッピングの部分です。例えば学生時代、クラスの人気者から『この曲知ってる?』と言われると、聴きたくなりましたよね。そこが重要なんだっていうことを実現したかったのが、今回のアップデートです。コメント機能やPOP機能が『AWA』の中では相当気合が入っているんです。1曲、1アルバムごとにPOPのような見出しを人力でつけているわけです。トップページで全ユーザーに違う音楽を並べていますので、そこは大変なのですが、どれだけ優れたテクノロジーでユーザーに最適な音楽をあぶり出したとしても、届け方の部分を間違えてしまうと誰も聴いてくれないと思うので、力を入れていますね」
POP機能
コメント機能は、音楽を聴いた時に他の人が抱いた感想を聴きながら見る、つまりアーティストとの距離を縮めてもらうためのもの。POP機能は、聴いたことがない楽曲を初めて聴く瞬間のハードルを越えてもらうためのもの。と、役割を2つに分けて考えているという。ワールドワイドな市場においてコメントやPOP機能を多言語でつけることは容易でない。その中で、国内市場に強みを持っているAWAはこの2点を競合不可侵な領域と確信し、ここで一点突破する狙いがあったのだ。
「最近さらに『LYRIC DIVE』という機能をつけまして。COTODAMAさんのリリックスピーカーと提携した機能で、“これまで聴いていなかった曲を聴く”というハードルを越えてもらうためのものです。歌詞って音楽にとって非常に重要なコンテンツなのに、これまではタイトルとアーティスト名とジャケ写が聴かれる理由で、歌詞は後から見えてくる要素だったと思うんです。楽曲に関心を持つ理由に歌詞という要素が加わるのは良いことではないか、というちょっと実験的な機能ですね」
LYRIC DIVE機能
便利さだけに捉われない━
「新しい音楽を届ける」
『AWA』の信念
所属レーベルを問わず、TikTokや17LIVEといったプラットフォームからもヒットが生まれている昨今。今後『AWA』はどんな方向性で、どんなサービスを目指していくのだろうか。小野社長は自信をもって語る。
「そこはあまり変わっていない。便利さだけのツールではなくて、みんなが楽しく使っている、人の息が吹き込まれた場所みたいなイメージです。そのためには、ユーザーにどんどん新しい楽曲に出会ってもらうことが一番大事です。いろんな楽曲を聴く人は課金するライフタイムバリューが長いのでビジネス的にも理にかなってはいるんですが、やっぱり僕らの源流に流れているのは日本語ラップの熱狂的な信者である藤田晋と、日本でダンスミュージックを流行らせた松浦勝人が始めた会社だということ。もともと音楽会社がベースになって作ったサービスなので、より多くの音楽が日の目を浴びてほしいと思っていますし、より多くの音楽が届いて欲しいという思いがあります。流行っているものが聴かれればいいという考えではないんです。競合と比較して資金的にもブランド的にも弱いからこそ、実験的な音楽の聴かれ方を仕掛けていける。持続可能性とチャレンジの打席数はあると思っています」
新型コロナウイルスの影響で移動時間に音楽を聴かれることは確かに少なくなった。その一方で、コミュニケーションの居場所としてコメント機能の需要は上がっているという。『AWA』のサービスは単なるプラットフォーマーとして運営されているわけではなく、そのアイデンティティは明確だ。なによりも<音楽が好きだ>という、そんな強い想いに貫かれている。
AWA株式会社
代表取締役社長
小野 哲太郎