世界で最も後発のクラシック・レーベルであり音源制作はもちろん、コンサートの企画・制作、アーティストのマネジメントを行うエイベックス・クラシックス・インターナショナル株式会社。辻井伸行や三浦文彰ら、若手を育て、彼らのような優れた音楽家を大河ドラマ「真田丸」のメインテーマのソリストとして起用にいたらせ、クラシック・ファン以外にも広くその音楽を浸透させてきた新しい日本のクラシック・ビジネスのスタンダードという印象も強い。今回は、2011年の会社設立時から代表を務める中島浩之と辻井、三浦が顔を揃え、クラシック音楽がもつエンタテインメント性や、エイベックス・クラシックスの特徴について、各々の立場からその可能性を探った。
クラシックのイメージがない
エイベックスだからこその挑む楽しさ
90年代に当時ワーナーミュージック・ジャパン(90年当時はワーナー・パイオニア)クラシック専任担当として、バレンボイムや3大テノール、佐渡裕氏との仕事で実績を残してきた中島。2003年にクラシック部門を設立したエイベックスに移籍。2011年の子会社化は社内の起業募集プロジェクトからスタートしたもので、クラシックの一部署からコンサートやマネジメントも行う360°ビジネスへの転換期にエイベックス・クラシックス・インターナショナル代表に就任。中島の実績を見込まれてのヘッドハントかと思いきや、「エイベックスでなぜかクラシックをやりたいと思って企画書を作っていた」、その2年後に縁あって移籍したのだという。
中島「15年前はエイベックスとクラシックってすごく離れた状態で、『エイベックスが何やるの?』って人が多い状況でスタートしたんです。でも意外にそういうのが好きなんですよね。全くクラシックの魅力を知らない人たちに向かって、どうやってその良さを広めていくか。なので、エイベックスでクラシックをやるのは最初から楽しみでした。基本はクラシックとかポップスとか洋楽、邦楽関係なく、魅力に溢れて売れるものが自分たちの会社にあったら嬉しいじゃないですか。その典型が辻井伸行くんのコンクール優勝(ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで日本人初の優勝)という出来事と、そのタイミングでのCDの大ヒットということだったと思うんです」
若き圧倒的な才能、辻井伸行、三浦文彰との出会い
中島が辻井の才能に触れた経緯は佐渡裕氏に「すごい才能がいる」と連れられて行った、辻井がまだ13歳の頃の小さなコンサートホールでのドビュッシーだったという。「彼が演奏してるのを聴いたら涙が止まらなくなって、極端な話をするとモーツァルトがドビュッシーを弾いてるぐらい素晴らしくて。隣の佐渡さんも号泣していた。純粋にピアノが大好きな13歳の少年なのは明らかで、だからこそ「天才少年」みたいなキャッチフレーズをつけてCDデビューさせるのは嫌だった。少なくとも自分がそれをやるのは嫌でしたね」
ちなみにデビューから現在に至るまで辻井のプロフィールに視覚障がいについての表記は存在しない。あくまでも一人の素晴らしいピアニストとして世の中に送り出すという、音楽家への敬意。辻井にとっては信頼する佐渡裕が「CDを作るんだったら中島さんと絶対やった方がいい」という助言に加え、中島のそうした姿勢にも厚い信頼を寄せたのだという。
辻井「登場した頃は『全盲の天才少年ピアニスト』とか言われるのが嫌で。障がいは音楽に全然関係ないですし、一人のピアニストとしてみてもらいたかったので、中島さんとCDを作って出せたのは本当に良かったと思います」
加えて、作曲家として自身のオリジナルも音源として発表したいという辻井の要望が叶い、初作『debut』のDISC2はオリジナル曲を収録。
一方、三浦文彰は辻井と同じ2009年に世界三大バイオリン・コンクールの一つであるドイツ・ハノーファー国際バイオリン・コンクールで史上最年少の16歳で優勝。エイベックスからのCDリリースの前にいわゆるファミリー・クラブ的な要素のあるCDをリリースしていた。そのことを「もったいないな」という気持ちで見ていた中島。三浦の実力を引き出すために名門ベルリン・ドイツ交響楽団、フィンランド放送響首席指揮者のハンヌ・リントゥと、チャイコフスキーとメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲をレコーディング。
三浦「いきなり高めなハードルでやってくださったので、そこには本気を感じましたね」
常識破りのプログラム設定や、
クラシックの殿堂とのタッグでリスナーを拡大
今や世界のクラシック界を牽引する若手二人と、中島の関係は「いい音響でいい演奏のレコードを聴けるバーで音楽談義や、今後の作品について話せる“友達”。年齢差を感じることなく価値観を共有できるんです。もちろん、僕は演奏家じゃないから辻井くんがホロヴィッツを聴いて『負けないぞ!』っていう気持ちはわからないけれど、『辻井くんとだったらその作品よりいいCDが作れるんじゃない?』とか、そういう話はしやすいんです」と、圧倒的な信頼関係を伺わせる。それがアーティストにとっての成長や従来のコンサートの常識にこだわらないプログラム構成にも繋がってくる。
中島「今日の公演(5月のロイヤル・リヴァプール・フィル)のチケットって一番高いのが21,000円。高いんですけど、すごい演奏をするんだから満員にしなきゃいけない。そこで一人でも多くの人に来てもらうためのプログラムにしようと。具体的にはオーケストラとの共演は一般的には1曲なんですけど、今日は2曲やるんです。常識的なクラシックの人からすると『演奏家になんてことさせるんだ』と思われる。でも『マジで?』『行ってみたい!』と思わせなきゃいけないんですよ。お客さんに満足してもらえる自信がある。今日の演奏会の記憶は一生残るかもしれないじゃないですか。僕が初めて辻井くんの演奏で泣いたように、みんなに泣いてもらいたいんだ、僕は。なんとしても(笑)」
若き実力派はこの秋開催されるARK CLASSICSのアーティスティック・リーダーとして、彼らが共演したい演奏家のセレクトやプログラムの構成も手がける。
辻井「去年初めて三浦さんとデュオをした時に、室内楽の楽しさを知ったんです。音楽で会話できる楽しさというか。ピアノはほぼ一人で弾くことが多いので、相手がいて一緒に音楽を作ることは大好きなので、そういう楽しさを二人で伝えていけたらいいなと思います」
三浦「去年は二人で演奏させていただいたんですが、それをきっかけに素晴らしい音楽仲間が増えていくといいなと思っています。東京のど真ん中であるアークヒルズで、クラシックでもフェスティバルということで気軽に楽しめる空気感ができていくといいですね」
中島はクラシックの殿堂であるサントリーホールと組むこと、しかも森ビルが全面的にバックアップするという規模感から、今後世界的に注目される音楽祭へ成長することを二人のプロデュース能力の向上とともに期待しているという。
スター性と親しみやすさを兼ね備えたアーティストが存在することもエイベックス・クラシックスの強みだが、彼らの演奏をお茶の間レベルに浸透させたことも大きい。『真田丸』メインテーマでの三浦のソロは、現在日本で最もポピュラーなバイオリンのフレーズではないだろうか。
中島「作曲の服部隆之さん、おそるべしですよね(笑)。バイオリンがずっとソロをやる大河のテーマ曲って初めてなんですよ。そこで服部さんも悩んだと思うけど、三浦さんを抜擢してくれて。そこから『真田丸紀行』のテーマは辻井くんがやって、その後二人でテーマ曲のピアノバージョンをやって、NHKの番組にも出演して。すごくいい循環ができたと思いますね」
さらに今年11月には辻井はアシュケナージ氏率いるアイスランド交響楽団との共演も控える。
中島「アシュケナージさんは81歳だっけ。クラシックって面白いですよ、辻井くんたちのおじいちゃんの世代と共演できる。若い世代が活躍してるから活気があるとは全く思わない。それは会社組織としても思うことで、実年齢に関係なく若い気持ち、若い人が持ってるはずの気持ちは大事だと思うんです。フェドセーエフさんも90歳近いでしょ。でも、同じように『負けないぞ』と思ってる。それがクラシックの面白いところなんです」
常識破りのプログラムやサントリーホールとのタッグで作り上げる音楽祭等、クラシック界が驚く事例を発表しながら、中島の軸には確固たるクオリティ史上主義がある。
中島「売らんがために真剣なことや理想から離れてはいけない。例えば6,000人入る大きなホールでも、音響が悪かったらピアノソロなんていいわけないじゃないですか。どんなにいい演奏でもそういうことはやりたくない。それをやれっていうようなエイベックスではない。心が動かないんならそれはビジネス的に間違いなんです」
一人でも多くの未知のリスナーにクラシック音楽を届ける。そのために最初に出会うCDやコンサートを最高のものにしたい。敷居の低さとクオリティを担保するエイベックス・クラシックスのスタンス。意識せずともクラシックに触れているリスナーがさらに増えることだろう。