近年、演劇やミュージカルなどのシアター事業に積極的に取り組むエイベックス。中でも、今年注目の作品は、世界的ファッション・デザイナーのジャンポール・ゴルチエが手がけるランウェイミュージカル『ファッション・フリーク・ショー』。同作のワールドツアー主催を、エイベックスが日本企業として初めて手掛けることとなった。その全体の指揮を執ったのはエイベックス・エンタテインメント株式会社ライヴ事業本部シアター制作グループでゼネラルマネージャーを務める山浦哲也。彼は劇団四季で舞台監督を務め、脚本・演出家としても活躍したのちエイベックスに入社した。エイベックスがシアター事業を手がける部署がまだ存在していなかった十余年前から舞台制作に携わってきた山浦に、シアター事業の軌跡とその展望を語ってもらった。
紆余曲折を経て確立された
エイベックスのシアター事業進出
エイベックスのシアター事業のスタートは、2007年、パフォーマンス集団『BLUE MAN GROUP』を招聘したことにさかのぼる。山浦とエイベックスとの出会いも、『BLUE MAN GROUP』がきっかけだった。そもそもなぜ山浦は演劇に興味を抱いたのか尋ねたところ、脚本家の父を持つ彼にとって、子どもの頃からエンタテインメントは身近な存在だったと教えてくれた。
「僕が大学で演劇活動を始めたのは自然の流れだったのかもしれません。卒業する頃には演出家になりたいと考えていました。そんなとき、劇団四季が研究生として、技術スタッフを募集していることを知り、演出家を目指すなら技術的にも構造的にも舞台芸術を知っておくべきだという先輩のアドバイスの影響もあって、劇団四季の門を叩いたのです」
劇団四季では入団4年目でミュージカル『美女と野獣』の舞台監督を担当。舞台監督という言葉になじみのない人も多いかと思うが、山浦の言葉を借りて紹介すると、「舞台の裏方の現場監督のような役割」を担う。
「劇団四季に在籍していたのは、9年間くらいだったでしょうか。手探り状態の学生がこの業界に入り、最後の1、2年は浅利慶太さん(劇団四季の創立者であり、演出家)の近くで、たくさんのことを学ばせていただきました」
山浦は新たな活躍の場を求め、劇団四季を退社。その後はフリーで舞台監督や脚本家、ミュージカルや舞台やモーターショーの展示ブースのようなイベントの演出を行いながら、並行して外資系舞台技術会社にも籍を置いていた。そんなある日、その舞台技術会社に『BLUE MAN GROUP』の劇場コンサル・舞台制作全般・観客対応を含めた本番運営の依頼が舞い込む。
「上演にあたって、六本木に専用の劇場を構えるほど『BLUE MAN GROUP』は一大プロジェクトでした。当時、エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ取締役だった黒岩(現エイベックス株式会社代表取締役社長CEO)と話をする機会があり、『今後エイベックスでも舞台の事業に力を入れていくつもりだ』と聞きました。それならばと手を挙げさせてもらったのがエイベックスとの出会いでした」
こうして山浦は35歳の時にエイベックスに入社する。当初、舞台制作に携わる社員は1名だったが、その後吉池ゆづる(https://avex.com/jp/ja/contents/challenge-of-theater-producer/)が入社し2名となった。現在、山浦が在籍するライヴ事業本部シアター制作グループは2023年3月現在、10数名が所属。吉池が手掛けたミュージカル『モンティ・パイソンのSPAMALOT』などのヒット作品を含め、ここ数年でエイベックスが舞台作品を主催していることが認識されてきたが、ここまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。
「シアター事業へ進出するにあたり、いくつかの舞台業界の会社にご挨拶に伺ったのですが、エイベックスの名前でアポイントを取ろうとすると、スポンサードの申し入れだと勘違いされてしまったこともありました。演劇業界にはよくも悪くも昔ながらの雰囲気が残っています。そんな中、エイベックスが参入することに業界の方の多くは違和感を覚えたのだと思います」
ジャンルの垣根を超えた挑戦
総合エンタテインメントを標榜する
エイベックスの強み
シアター事業を展開するにあたり、エイベックスが目指したのは多種多様な舞台をプロデュースすることだったと山浦は明かす。
「シアター事業の立ち上げ当初から黒岩は、『エイベックスはエンタテインメントをつくる会社。舞台の多種多様なジャンルに挑戦するところを見せていきたい』と話されていました。その言葉を胸に、現在に至るまで幅広い分野の舞台を制作しています。私どもの部署には複数のプロデューサーが在籍しており、それぞれがジャンルの垣根に捉われることなく挑戦を続けている。そして、それが総合エンタテインメントを標榜するエイベックスの強みであるとも感じています」
コロナ前の2019年度は32本の舞台作品を主催。今年度は20本ほどだという。「まだ完全ではありませんが、だいぶ戻ってきた感覚があります」と朗らかに語る山浦。エイベックス入社後に担当した、特に印象的な作品を尋ねると、少し考えた末に、『NANTA(ナンタ)』の名前を挙げた。『NANTA(ナンタ)』は、韓国発のノンヴァーバル(言語を用いない)・パフォーマンスだ。コックに扮したパフォーマーが、舞台上で包丁やまな板などのキッチン用具を楽器として演奏し、ユーモアあふれる動きで客席を魅了する。本国韓国では1997年10月に初演され、韓国公演史上最多の観客動員数を記録。現在も公演が行われている。その招聘公演が2011年3月半ばに予定されていたのだ。
「東日本大震災の数日後に初日が予定されていたので、韓国サイドはパフォーマーの安全面を考慮し来日を懸念していました。危機的状況の中、東京は上演できる環境にあるのでぜひ来てほしい、あの素晴らしいエンタテインメントを今の日本で披露してほしいと、三日三晩交渉を続けました」
開催すら危ぶまれた公演だったが、大盛況のうちに全日程を終え、同年6月には早くも再来日公演を行った。
日本企業初となるワールドツアーを主催
ゴルチエ氏の半生を描いたミュージカル
『ファッション・フリーク・ショー』
シアター事業のスタート時から目標にしてきたように、多種多彩な舞台を手がけ続けているライヴ事業本部シアター制作グループが、この5月、新たなチャレンジに挑む。冒頭で触れたように2018年フランス・パリ公演からスタートし、昨年7月にはロンドンでも上演した、ジャンポール・ゴルチエ氏の半生を描いたランウェイミュージカル『ファッション・フリーク・ショー』だ。5月から、東京・大阪の2都市で上演を行い、さらにその後、ヨーロッパ、アジア、オセアニア、北米などを巡るワールドツアーを主催する。
「ゴルチエ氏の半生を追う、ファッションと表現が寄り添い合った作品です。そのどちらかに少しでも関心がある方なら間違いなく楽しめると思います。私は仕事柄、ミュージカルを多く鑑賞してきましたが、それでも新鮮に映り、心から楽しめました。ゴルチエ氏の歩んできたドラマチックな人生を、豪華絢爛でありながら強いメッセージ性が深く込められたショーになっています」
作・演出・衣装をゴルチエ氏自身が手がけた同作に登場する衣裳の数は200点以上。ゴルチエの貴重なコレクションの代表作、人気作のほか、ショーのために書き下ろした新作も登場する。音楽は、デヴィッド・ボウイや、ナイル・ロジャース「Le Freak」をフィーチャーした曲など、ゴルチエ氏が青春時代を過ごした、80年代のヒット曲に作品の世界観とマッチするアレンジを施した曲が散りばめられている。そんな同作は、2018年にパリで初演されるやいなや大きな評判を呼び、瞬く間にワールドツアーの実施が決定。当初、エイベックスは、2021年にそのワールドツアーの中のひとつとして日本で同作を上演する予定だった。しかし、コロナ禍で状況は一変し、スタートするはずだったワールドツアー自体が中止。日本での上演にも黄色信号が灯ったのだ。
「とても素晴らしいショーだと聞いていたので、我々としては是が非でも実施したかった。グループ全体でイギリスのプロダクション側と日本公演実施を粘り強く交渉し、その後エイベックスがワールドツアー自体を主催することを提案しました。その結果、『誰もが上演できないという状況で、そこまで仰っていただけるのならぜひ一緒にやりましょう』と快諾していただけたのです。ありのままで生きていくことの大切さを堅苦しくなく表現する同作は、多様性を重視する今の時代にぴったりな内容になっています」
そして、同作が「世界にエイベックスを知ってもらえるきっかけになればいい」と、山浦は続ける。
「エイベックスの最大の強みは、黒岩社長が掲げていた演劇・ミュージカルショー・2.5次元作品など、幅広いジャンルを手掛けるというもとで実績を挙げてきた多様性だと考えています。『ファッション・フリーク・ショー』は、その強みを最大限に生かせる作品だとも強く感じています」
「本作をきっかけに、国内はもちろん、グローバルをターゲットにしたシアター・エンタテインメントの開発をより積極的に行っていきたいと考えています。日本の市場は大きく、通常の演劇やミュージカル、2.5次元作品などをはじめ日本向けのコンテンツを上演することは売上の軸となり、且つ例えばエイベックスに所属するアーティストの起用につながるグループシナジーも産み出します。一方、『ファッション・フリーク・ショー』のように、海外で通用する作品は世界規模で回していく。ゆくゆくはこの2つの軸で牽引していきたいと考えています」
多岐のジャンルに渡る舞台を制作すること、それこそがエイベックスの強みである──。山浦がたびたび口にした言葉を証明するように、2023年度も『ファッション・フリーク・ショー』をはじめ、4名の俳優による会話劇『二次会のひとたち』、ジャニーズJr.がW主演を果たす『椿説 三銃士』、音楽劇『ブンとフン』など、異なるジャンルの異なる個性を放つ作品の上演が控えている。日本の、いや、世界の演劇シーンにおいて、エイベックスの存在は年々大きなものとなりつつある。そして、その未来はきっと明るい。山浦の柔らかではあるが、力強い語り口がそう物語っていた。
エイベックス・エンタテインメント株式会社
ライヴ事業本部シアター制作グループ
ゼネラルマネージャー
山浦 哲也