満島ひかりや齋藤飛鳥(乃木坂46)らをフィーチャリング・ボーカルに迎え、初の全曲日本語詞というアプローチを行ったMONDO GROSSO、14年ぶりのアルバム『何度でも新しく生まれる』。2017年の音楽シーンで一つのエポックとなったこの作品は、フィジカル、配信共に自己最高位を記録し、従来のファン層の外にまで話題が及んだことは記憶に新しい。この復活劇を仕掛けたのが、MONDO GROSSOのA&Rディレクターであるエイベックス・エンタテインメント株式会社 小関奈央。ボーカリストのキャスティング、話題をさらったミュージック・ビデオやフジロックへの出演等、時代を射抜く戦略の根底には何があったのだろうか。
全曲日本語詞という挑戦を
テーマに掲げるまでの1年
入社時は00年代のエイベックスを象徴するように、安室奈美恵や、MAX、デビュー時のm-flo等プロモーターとして携わってきた小関。その後、制作担当となり、ライブハウス時代から武道館、アリーナまでの体験を共にしてきたアーティストは三浦大知だという。その経験が今回のMONDO GROSSOのプロジェクトにも活きてくる。
大沢伸一はすでにエイベックス所属となり10年以上が経過。主にプロデュース・ワークや海外も含むDJとしての活動を主体にしていた頃、小関にA&Rを担当してみないか? という声がかかる。
「私自身、90年代に新しい音楽に打ち込む大沢さんからリアルタイムで影響を受けていたので、その方とお仕事ができるのは不思議な感覚ではありました。MONDO GROSSOとして、そろそろやりましょうよと提案したのは、マネージャーの畠山さん (ソニー時代から大沢伸一を担当) と私なんです」
大沢伸一の才能や時代感覚を知る小関だけに、MONDO GROSSOの新たな音楽とその打ち出しには腐心した。
「長いキャリアの中でアシッドジャズ、ハウス・ミュージック、ブラジリアン・ミュージック等様々な音楽を軸に表現を続けてきた歴史のあるプロジェクトだけに、大沢さん自身も現代にMONDO GROSSOとして届ける音楽の落とし所には1年ほど悩んでいたようです。そこで色々なスケッチを作っていく中で、『これかもしれないね』と、一番最初にできた曲が『ラビリンス』だったんです。その段階ではボーカリストは決まってなかったんですけど、全曲日本語でやることは面白いし、挑戦かもしれないというところでテーマが決まって、作品作りをフォーカスしていった感じですね」
ボーカル起用、MVのマッチングで未聴の世代にも届ける
14年ぶりの新曲第一弾であり、プロジェクトのキモを担う「ラビリンス」を誰が歌うのか。小関が満島ひかりにオファーした理由は必然的なものだった。
「(三浦)大知を担当していたのもあり、元チームメイトでもある満島さんの舞台は見せていただいていたんです。そこですごく感動したのが、イスラエルの舞踏家インバル・ピントが演出で、森山未來さんと共演した『100万回生きたねこ』だったんです。その時、映画だけでは知り得ないひかりさんの表現の繊細さを知り、また同時期に『カロリーメイト』のCM(中島みゆきの「ファイト!」のカバー)で、歌の力や言葉を射抜く力の強さも実感して。いつか何か音楽でご一緒出来たらいいな。と思っていたので、『ここは彼女しかいない』と思ってオファーしました」
小関の直感は見事に世間一般に響き、MONDO GROSSO復活作のリリースと同時に満島ひかりが第一弾のフィーチャリング・ボーカルであることがアナウンスされると、これまでMONDO GROSSOを未聴の世代にも大きな話題となった。しかし、このプロジェクトの周到さは、ただ多彩で意外なボーカリストたちの幅の広さに収まらない。
今や1000万回再生を突破した「ラビリンス」のミュージック・ビデオ。香港の高層アパート群などを舞台に撮影された、映像としても完成度の高い内容だ。
「あの企画にたどり着くまで6、7パターンのアイデアがあったのですが、しっくりこなくて。何度かディスカッションをして香港のプランが出てきました。絶対的なものにしたかったし、ドリーミーで混沌というのが『ラビリンス』のテーマだったので、バッチリだなと。強い絵が撮れるのは確実ですし。海外ロケは難しいかな? とも思いつつ、ひかりさんに香港プランをと打診したら、二つ返事で『いいよ!』と。さすがだなと思いました」
監督とカメラマンは4日前に現場入りロケハン。小関は前日入りで、あのワンカメ、ワンシーンの動きを、監督らとともに現地でリハーサル。本人は当日に香港入りし、夕方から朝の5時まで撮影、翌日帰国というスピーディで緊張感あふれる撮影を敢行。
加えて、この作品のコレオグラフは『ラ・ラ・ランド』の振付補で、キャストとしても出演していたジリアン・メイヤーズが担当。
「ジリアンに頼めたのも運命というか、ジリアンがその時期、ちょうど中国でのワークショップがある、と。それで私たちの撮影の2日間を空けてくれて香港に飛んできてくれて。振り付け自体はすでにロスで撮っておいてくれたもので、カメラワークもかなりジリアンがイメージしてくれたものが参考になっています。さらに、インプロビゼーションというか、ひかりさんが思いのままに動けるパートも作っておいてくれたんです、アレンジ可能なものとして」
満島ひかりの凛々しくも柔らかいキャラクターが印象的なラストも、朝方にそれまで降っていた雨がやみ、濡れたアスファルトという理想的な絵が撮影できたことも含め、全てが「奇跡や運も味方につけた作品」が完成。ここでMONDO GROSSOファン、満島ひかりファン、さらに楽曲のファン、映像としてのマッチングに魅了された新たな層へと、「ラビリンス」が届くことになった。
Mステ、フジロック初出演等途切れなかったニュース性
参加ボーカリストの多彩さもあり、アルバム・リリース前、当日、その後も毎週ニュースを配信できたことも、途切れることなく14年ぶりのアルバムを意識させる効果を生んだ。加えてアルバム・リリースから約1週間後にテレビ朝日系『ミュージックステーション』に初出演したことも、従来のファン層を超えてお茶の間にMONDO GROSSOの存在を知らしめる好材料となった。
「テレビ・プロモーターのチーフ (太田めぐみ) に聴かせたら、「音、いいです! やりたい」と言ってくれているというところから大沢さんにも話して。テレビの生出演は嫌がられるかな? 抵抗あるかな? と思ったんですが、『一生に一度かもしれないし、親が喜ぶかもな (笑)』と、楽しんでくれました」
アルバム・リリースに止まらない事象と話題が広まる中、昨年のハイライトと言えるのが、キャリア史上初出演となったフジロック。しかもこの劇的な登場は主催者からのオファーではなかった。
「こちらから話に行きました。『絶対、ライブ初披露はフジロックしかないので出たい』と。その頃はまだアルバムの骨子が2、3曲できたあたりだったのですが、14年ぶりに帰ってきて一番ふさわしい伝説の一夜にしたかったので、その場所はフジロックしか考えられなかったですね」
かくして、現場にいた音楽ファンはもちろん、あらゆるメディアが満島ひかりのサプライズ出演等を取り上げ、アルバム・リリース後もピークを作り続けることに成功したのだ。
ベテラン復活に際して必要なコンテキストの重要性
そして『何度でも新しく生まれる』の続編として、先日リリースされたばかりの新作『Attune / Detune』。本作の目玉としては「楽器を持たないパンクバンド」BiSHのアイナ・ジ・エンドが「偽りのシンパシー」で参加していることが話題に。
「彼女の起用も私から提案したのですが、その前にも、結構な数のボーカリストが候補に上がっていたんです。でも、前回出来なかった、社内の若手のアーティストとのコラボもしたいな、と思っていたので、一度テスト録音に来てもらったら、彼女の歌声に大沢さんも刺激され、即決定になりました。」
「偽りのシンパシー」はリリース前からTBS系火曜ドラマ『きみが心に棲みついた』の挿入歌として抜擢。このタイアップは前作での評価が大きく影響したのだという。MONDO GROSSOのアーティスト・パワーや旬感が社内のコラボレーションも推進した結果だ。
「でも逆に言えば前作は何もタイアップが決まらなくて。出して話題になったから次の話が決まるというところはありますね。どんなに『これからわくわくするストーリーが待ってますよ』ということを伝えても、その時点で数字という実績がないと難しいんだなと。そういう面はありました」
一定の支持と評価を堅持しているベテラン・アーティストを新しいコンテキストで復活させ、セールス的にも成功を収めた今回のMONDO GROSSOの復活劇。小関はこの仕事を現時点でどう総括しているのか。
「A&Rの持つ特性である“組み合わせ屋さん” としては、これ以上ないくらい詰め込まさせていただけたというか。今まで私がやってきたことも反映できた喜びがあったし、プロジェクトに対して皆様からいただく反応も喜びでした。フジロックでのライブは音楽人生の中でも忘れられない瞬間でしたね」
今後は大沢伸一の別プロジェクトも進行しつつ、MONDO GROSSOは、柔軟で自由なクリエイションを発信出来るチャンネルでありたいという。
「今回やってみて、MONDO GROSSOのようなサウンドに触れていなかった人が、繊細な音や言葉をキャッチしてくれたり、いろんな気づきになるといいなと思ったんです。大沢伸一というアーティストと関わるスタッフとのチームワークで私たちにしかできない作品が残って、多くの人に知られたということは達成感につながっていますね」
軸となる作品の時代に対するアティチュードはもちろん、アーティストの復活をある種現象面にまで昇華するためのストーリー作りを支える知見や人脈。制作プロデューサーという仕事のダイナミズム。音楽好きの個人の直感と、これまでの業務で蓄積してきたノウハウが高い次元で融合した実例は、アーティスティックなエンタテインメントの今後の希望でもある。
エイベックス・エンタテインメント株式会社
レーベル事業本部 クリエイティブグループ
クリエイティブ第2ユニット
小関 奈央