町田康原作の傑作小説を、主演・綾野剛、脚本・宮藤官九郎、監督・石井岳龍、によって実写映画化した『パンク侍、斬られて候』が6/30(土)に公開。この作品は原作ファンの多さや、超豪華キャスト&スタッフの話題性はもちろんだが、映像配信事業者であるdTVが実写映画を企画制作するという、前代未聞のチャレンジにも注目が集まっている。何から何までパンクなこの作品が生まれた経緯や制作時のエピソード、そして作品の魅力を、本作でメガホンを取った石井岳龍監督と、企画プロデュースを務めたエイベックス通信放送の伊藤和宏に聞いた。
構想10年以上、時代がようやく映画化に追いついた
石井監督と伊藤プロデューサーが出会ったのは18年前。元々、伊藤がエイベックスに入る前に主催していた水戸短編映像祭に石井監督を審査員として呼んだのがきっかけだった。伊藤はエイベックスに入社してからも監督とはいろいろな企画の話をしていたが、監督には『パンク侍、斬られて候』の原作が発表された直後から、映画化への想いがあったという。
伊藤「ただし、原作がスケールの大きな話で予算もかかるし、10年ほど前はCGも今ほど発達していなかったので、実現するにはハードルが高かった。というより絶対に無理だなと諦めて考えてもいなかったのですが、3年前に監督の『ソレダケ/ that’s it』という作品を観た時に、ものすごい“熱”を感じたんです。元々は映画をやりたいと思ったきっかけがそういう情熱だったし、僕は石井さんとやりたいと思って映画の世界に入ってきたので、改めてその時に石井さんに電話して、『困難な道のりになりますが、パンク侍を一緒に映像化しませんか?』と相談しました」
石井「原作が出た時から私はやりたかったのですが、無理だろうなっていう気持ちでもありました。当時だと今の倍ぐらい予算がかかりましたし、デジタルと特撮の発達が不可欠だったんです。ですが今では宮藤くんも国民的な脚本家になりましたし、自分がいっしょに仕事をしてきた俳優さんたちも日本映画を代表する人たちになった。伊藤くんも立派なプロデューサーになられたので、タイミングがここに向かって合ってきたというのが大きかったですね」
本作の脚本は宮藤官九郎。宮藤氏は石井監督のことを敬愛していることで知られ、監督も宮藤氏と「いつか仕事をしたい」とかねてから熱望していた。石井岳龍×宮藤官九郎のタッグ、それだけでも映画ファンの期待は大きく高まっている。
伊藤「もちろん映画化にあたって、商業ベースに乗せなければいけません。それを考えた時に、石井さんが監督をして、宮藤さんに脚本を書いてもらって、キャストは石井組の常連を含めた主演級のキャストを豪華に集結させて、なおかつ主題歌にセックス・ピストルズを使ったら、パッケージとして面白いものができるし、人を巻き込むコンテンツにできそうだった。それを監督に話したら、『できるかわからないけど、できたらすごいよね』と。それでも最初は“絵に描いた餅”のような状態でした」
さらに実現するには、特撮に頼らなければいけない面も大きかった。それに関しては特撮監督に『シン・ゴジラ』で知られる尾上克郎氏、美術に『十三人の刺客』等を手掛けた林田裕至氏衣装デザインには『るろうに剣心』の澤田石和寛氏等、日本映画のトップランナーたちを揃えた。
伊藤「尾上さんに依頼した時はちょうど『シン・ゴジラ』が日本中を騒がしていたので、尾上さんが特撮をやってくれることは、映画化を進めるにあたってすごく大きな推進力になりました」
石井「それこそ『爆裂都市BURST CITY』の時に尾上くんも林田くんもいっしょにやっていて、原作の町田くんも出てもらった。この3人とはいろんなところで仕事をしていたんですが、本格的に仕事をしたのは36年ぶりかな。今やみなさん日本映画の巨匠アーティストたちですから」
キャスト、スタッフ、時代。すべての機は熟し、この企画は映画化に向けて舵を取り始めた。
“熱”と“マンパワー”が生んだ
1社単独製作という奇跡
本作は製作の面で大きな特徴がある。それは映像配信事業者であるdTVが実写映画を制作していることであり、これは日本初の試みだ。dTVはこれまでも、2012年には東宝とのパートナーシップで映画『悪の教典』と連動したオリジナルドラマを製作し、原作小説の前編をドラマで、後編を映画で実写化。さらに2015年には映画『新宿スワン』の本編を映画公開前から配信する等、常に映画×配信の新たな可能性にチャレンジし続けてきた。
伊藤「今回は最初から1社で製作することを決めていたので、他社からの“大人のブレーキ”がそもそもあまり無かった。それがいい方向に働いたのだと思います。やっぱりどうしてもいろいろな人が絡み過ぎると、『無難にやった方がいいんじゃないの?』といった意見が出てくることも増えてしまう。今回はスタッフもキャストも含め、『楽しそうだからやろう』というチャレンジのマインドで臨んでくれましたし、そのおかげでこの映画は奇跡的に成立したんだと思います」
石井「今回はdTVさんじゃなかったらできなかったと思いますよ。dTVさんとしても自分たちの個性を打ち出さなければいけなかっただろうし、かなり挑戦的な企画だった。他とは違うことをやるという、dTVさんの見切り方はすごいなと思います。私としてもやはりたくさんの劇場でやってくれた方がうれしいですし、スクリーンは大きければ大きいほど好きなので。その意味で今回は、僕の作品の中でも最大規模で公開されます。ハードルはたくさんあったと思いますので、そこは伊藤プロデューサーはじめ、スタッフのみなさんに感謝しています」
今回は1社単独で製作した映画としては異例とも言える、最大規模の全国325館での公開が決定している。ただし、そもそも企画が立ち上がった段階でここまでの絵は想像もしておらず、すべては作り手たちがこの作品にかける“熱”が生んだ結果なのだという。
伊藤「最初はdTVで2時間のコンテンツをつくるという企画だったのですが、やっていく内にみんなの期待も含めて、それではもったいないっていう方向に話が転がっていきました。dTVの中でやるよりは、映画としてやったら話題にもなるだろうし、キャストもスタッフも映画の超一流の人たちなので、その方がよりいいものができるだろうと。配信コンテンツから始まった企画が、徐々に映画として世の中を変えるぐらいのコンテンツに輪郭ができてきたんです。やはりエンタメ業界で映画は確固たる地位がありますし、そこで一等賞になれるぐらいのパワーを持っている作品だと思うので、そこで勝負したかったという想いがありました」
石井「最終的にはマンパワーだと思います。もちろんお金はたくさんあった方がいいんですが、お金があってもできないことはある。今回はスタッフもキャストも、アイデアを持った人たちが集まったことが大きかったですね。なおかつみんな“へこたれない”人たちだった」
「誰もやれないことを形にする」という
エイベックスのカルチャー
企画段階から映画化に至るまで、さまざまな奇跡が重なって成立した本作。そこには石井監督を始めとした関わる人たちすべてのパッションが必要不可欠であり、同時に伊藤プロデューサーの中に息づく“エイベックスのカルチャー”も原動力となった。
伊藤「会社に属しているからこそ、会社のお金を使ってチャレンジできているとは思っていますが、現場に出てしまえばいちプロデューサーとして勝負しなればいけない。松浦が『組織の中であぐらをかかず、どこに行っても仕事ができる人間になれ』と言っているので、それは常に念頭に置いています。“Really! Mad+Pure”ですから、誰もやれないことをマジで形にするっていう。でもこの作品はそういうことだと思うし、純粋にやらないと誰も動いてくれないし、振り向いてくれない」
石井「よくこの企画を実現させたなと、びっくりしましたよ。伊藤プロデューサーの力は大きかったです。エイベックスさんを外側から見ていると、音楽で目立っているアーティストの印象が強かったですが、伊藤プロデューサーのような人と仕事して、映画化に向けて幾多の困難をバックアップしてくれたわけですから、そこは完全に見方が変わりました。“社員である前にひとりの仕事人であれ”という松浦社長のポリシーも素晴らしいと思います」
主演の綾野氏は「宣伝不可能な映画が生まれようとしています」と語り、脚本の宮藤氏は「もし中3か高1でこの映画に出会ってたら人生狂わされていたに違いない」と語る本作。おふたりはどのような人にこの映画を観てほしいのだろうか。
石井「こちらからはお客さんは選んでいません。ただ、びっくりされる方は多いと思います。本格的な日本映画を目指して作っているので、小学生でも年配の方でも、とにかくたくさんの人に観てほしいですね」
伊藤「今って音楽を含めて特定のターゲットに向けて作ることでスケールが小さくなってしまう事って多いと思うんです。『パンク侍、斬られて候』は誰でも楽しめるスケールの大きいオールターゲットのエンタメ作品を目指したので、そういう意味では老若男女に観てほしい。さらに言えば中高生や、普段あまり映画を観ない人に観てもらえたらよりうれしいですね。僕自身、中高生の頃の原体験が今に繋がっているので」
脚本の宮藤氏は、中学生の時に観た石井監督の作品に影響を受け、今回、奇跡的かつ最高の形で再会を果たした。この作品を観た少年が、いつの日か「『パンク侍、斬られて候』を観て映画監督を目指した」と語る日が訪れるかもしれない。劇場に足を運んだ人は、エンタテインメントとして魅力だけではなく、この作品を作り上げた人たちの圧倒的な情熱を感じることだろう。
(写真左)石井岳龍
(写真右)エイベックス通信放送株式会社
コンテンツプロデュースグループ
オリジナルコンテンツユニット
シニアプロデューサー 伊藤和宏