エイベックスは8/3(金)に、米Techstarsが運営する音楽×テック事業のスタートアップ支援プログラム・Techstars Musicへの参画と、主に携帯音楽プレイヤーを開発するMighty Audioへの出資を発表。日本におけるCDに代表されるパッケージ依存からの脱却と、音楽・エンタテインメント領域での新規事業の創出を目指し、国内を飛び出して海外の先鋭的なパートナーとタッグを組んだ。9/14(金)には、Global Music Tech Symposium in Tokyoを開催。投資・イノベーションを担当する長田直己に、エイベックスと音楽テックの未来について聞いた。
新しい体験を生む
ギア×アーティスト
=エイベックスらしさ
2004年入社の長田。エイベックスではずっと音楽制作を担当してきたが、2013年から2015年までの期間で海外留学。ビジネススクールに通い、ファイナンス等の勉強をしていた。その頃、アメリカの音楽業界では下降していた売上が上昇へと反転し、音楽フェスティバルをはじめ、ライヴの体験価値の盛り上がりを感じる時期だったという。
「帰国後にエイベックス・ベンチャーズという国内向けのスタートアップ投資を行う会社へ配属となったのですが、その後その部署はエイベックス株式会社に統合され、では新しい体制の下で改めて自分は何をするべきかなと。考えた結果、やはり海外のカルチャーが好きですし、海外の新しいビジネスを見てみたかった。そこから海外のスタートアップやイノベーションに携わる仕事をしたいと思ったんです」
今は海外の音楽関連のスタートアップを発掘・交渉し、投資し、日本でコラボレーションする方法を探る……というのが長田のメイン業務だ。かつて留学した時の経験は、「今になってとても繋がってきている」と、長田はその頃を振り返りながら語る。
「例えばMightyという会社に僕らは最初に投資をしたのですが、たまたまそこの社長やメンバーが、僕の行っていたUCLA Anderson(カリフォルニア大学ロサンゼルス校のビジネススクール)の先輩だったんです。初対面のハードルが下がって助かりましたね。Andersonには音楽やエンタメ×イノベーションの領域に進んだ人がすごく多くて、ユニバーサル・ミュージックとかライブ・ネイションで自分と同じ様な役割で働いている人や、向こうのVC(ベンチャーキャピタル)で働いている人もいます。今になってその頃の出会いが繋がってきて、やっと少しずつですけど貢献できるようになってきたかなと感じます」
さまざまなコネクションを繋げてきた長田だが、それが成功した大きな事例として、8月に発表された米Techstarsが運営するTechstars Musicへの参画と、Mighty Audioへの出資が挙げられる。
「Techstarsと知り合ったのが約1年前。彼らはリクルーティングを兼ねてたまたま来日していて、知り合いを通じて会うことになりました。そうしたら彼らから、『TechstarsのポートフォリオになるMighty Audioの社長のアンソニーも東京に来るから会ってみないか?』って言われて。僕自身、海外の音楽関連のスタートアップ企業と会うのは初めてでしたし、そもそも日本に音楽関連のスタートアップ企業はほとんど無かったので、果たしてどういう感じなのかなと。ただし、実際会った時に彼のプレゼンを聞いて、すごくいい印象を持ちました。僕がその時に思ったのは、『いつかBeatsみたいになったらいいな』と。音楽を楽しむ新しい体験を生むギアに、アーティストのかけ算をできたら、すごくエイベックスらしいものになるんじゃないかと考えました」
音楽業界をネクストレベルに導く
技術がシンポジウムに集結
その後、長田はTechstarsのメンタリングに参加。ディストリビューションのトップや、AWAの責任者等を連れていき、10社と会ってそれぞれにフィードバックをした。さまざまな角度からの質問が飛び交う中、ポートフォリオのスタートアップの導き出す回答に、長田は驚きを感じたという。
「例えば権利関係だったり、セキュリティの問題だったり、彼らは完璧に答えていたんです。全て考えられていて、しかも技術として成立している。その時にTechstarsの凄さを感じて、あとはどういうコラボレーションができるのかを相談していきました。今ってフィジカルからストリーミングに移行するっていうのがメガテーマにある中で、日本はまだフィジカルを買う体験に慣れている。そういう状況だからこそ、Mighty Audio×アーティストのようなものをアルバムの一形態として発売することによって、新しいストリーミングの体験を提案できると考えました。最初のMighty Audioの中にはアーティストのバージョンが入っているけれど、買った後はAWAやSpotifyに繋げることで、『ストリーミングって便利じゃん!』ってリスナーに思ってもらえるかもしれない。そしてその結果、アーティストの売上はもちろん、業界全体に貢献できる――これは一緒に仕事をするべきだと思いました」
Techstars Musicの親組織であるTechstarsは、Y Combinatorと並ぶ名実共に世界のトップアクセラレーターであり、様々なテーマでスタートアップ10社の精鋭を選抜して、3ヵ月のブートキャンプを世界各地で行う起業家育成プログラムを運営している。彼らが音楽特化のプログラムを始めた背景には、世界の音楽市場が2030年には今の2倍の11兆円になるという飛躍的成長予測があり、それはまさに音楽産業の躍動感の証明だととらえることができる。そしてグローバルでは、優秀な起業家や投資家など様々なリソースが、音楽産業にどんどん集まってきている状況だという。
2017年にスタートしたTechstars Musicは、テクノロジーを活用して音楽業界の課題を解決し、新規ビジネスを生み出す音楽スタートアップを支援することを目的に設立された。長田はその動きにすぐさま反応し、音楽系のアクセラレーターやベンチャーキャピタルをリサーチしたが、Techstars Musicがプログラムも含め飛び抜けて素晴らしかったという。それがわかった段階で、「エイベックスがいま関わらなければ、日本で他にどこが関わる」という状況が出来上がっていたとも言えるだろう。
9/14(金)には、Global Music Tech Symposium in Tokyoというイベントをエイベックスで開催した。このイベントにはTechstars Musicを始め、音楽業界をさまざまな側面から促進させる可能性を持つ海外の起業家やVCが参加し、活発なディスカッションを行った。また、日本からはTuneCore Japan、TikTok、アソビシステム、ソニーミュージック等の音楽関連事業会社や、WiLやDocomo Ventures等のVC、ピコ太郎プロデューサーの古坂大魔王、他各種メディアなどがイベントに参加。ともに音楽テックとそのエコシステム形成の必要性、ひいてはエンタテインメントの未来について考える貴重な場となった。
「もともとはPlus 8 Equity PartnersのRishiとロスでご飯を食べていた時に、彼が『日本で何か面白いことをやりたいね』と言っていたのが始まりです。日本は世界の音楽市場が上り調子だということを知らないし、もっと言うと音楽テックがすごくエキサイティングだってことも知らない。『それを何とか伝えたいよね』って彼と話していたんです。そこからシンポジウム、それもなるべくセレクティングされたメンバーでやってみようという話になって、さらにTechstarsが9月に来るっていうのを思い出した。イベントに参加したEndelやBlink Identity等のスタートアップも『いつか日本に来たい』と言っていたので、じゃあみんな同じ時期に来たらいいと思って、それぞれに声をかけていったんです。彼らはみんな自腹で来てくれているんですね。それも彼らが真剣に日本でビジネスをしたいと考えているからこそで、今回も9/14(金)は一生懸命働いて、9/15(土)はULTRA JAPANで遊ぼうねってみんなと話していました」
シンポジウムに参加することになったソーシャル音楽VRプラットフォームのWave VRも、偶然同じ時期に来日を予定していたそう。運命なのか必然なのか、今回のシンポジウムには、音楽業界をネクストレベルに連れていく可能性を秘める、“尖った”技術たちが集結することとなったのだ。
音楽以外の分野からのエナジーで
未知なる体験を
「参加してくれたみんなは……終わった後に話してみてすごく喜んでくれていたように思います。やっぱり海外から来た人からしたら日本の音楽市場はすごくユニークだったようですし、僕らとしても、Plus 8のRishiがサウス・バイ・サウスウエストの音楽担当ディレクターを呼んでくれたりして、新しい出会いもありました」
ユニーク――やはりフィジカルが70%以上を占める日本の音楽市場の現状は、海外から見たら異質なものだ。さらに、海外では基本的には50%は超える洋楽のシェアが、日本だけは20%を切っている。その数字だけ見ても、日本がどれほどドメスティックな市場かわかるだろう。同時に、今回のシンポジウムのテーマのひとつである日本での音楽テックの普及は、長田が追求したい大きなテーマだ。
「そもそもTechstarsは音楽の会社に投資しているのではなく、音楽ビジネスや音楽業界の課題を解決する会社に投資している。顔認証システムのBlink Identityはその最たる例で、僕も最初は『何でこの会社がTechstars Musicにいるんだ』と思いました。彼らの技術は軍事システムで使われていたもので、その技術の複雑な部分をそぎ落として音楽ビジネスに応用し、顔をチケットにすることを可能にした。海外にそういう動きがある一方で、日本はそもそも音楽テックが存在しないような状況であり、それは音楽業界がいまだに斜陽産業だと思われているからだと感じます。その意味でも音楽会社とだけでやっていたら、今までと何も変わらないので、今回はベンチャーキャピタルに注力して招致しました」
海外の音楽市場を見ると、正しい道筋さえ踏めば、日本もこの先伸びていくことは明らか。日本は特殊な状況なだけであり、遅れているだけであり、やれることをまだやれていないだけなのだ。
「日本においてこれほどチャンスな時って無いと思うんですよね。2000年初頭から斜陽産業と言われ続けて、ただ僕も含めてみんな本当に音楽が好きだし、音楽業界で働く人が好きなので、ずっと何とかできないかなと思ってきました。そういう意味ではまさに今はチャンス。日本は確かに対応が遅れたけれど、イノベーションとグローバル化の課題さえ解決できれば、遅れた分だけ“力が溜まったバネ”みたいな感じで、もともとの市場が大きい分、跳ね返った時の反動が大きいんじゃないかなと。なのでみんなもっと、日本の音楽業界にエナジーを集めてほしいなと思います」
日本の現状を変えるために手を伸ばした“最大にして最後”のチャンス――それが音楽テックなのかもしれない。長田を始め音楽を愛する人々が長い冬を越え、向かい始めた新しい形の音楽の未来は、どんな体験をリスナーにもたらすのか? まだまだ未知な要素を多分に含んでいるが、世界中で今起こっている前例の無い音楽市場の盛り上がりを見れば、それが明るいものであることは間違いないだろう。
エイベックス株式会社
CEO直轄本部 新事業推進グループ
チーフプロデューサー 長田 直己