5/11(金)に開催された2018年3月期の決算説明会で決算とともに発表されたのは、6/22(金)付で創業者の松浦勝人が代表取締役会長CEOに就任し、黒岩克巳グループ執行役員(当時)が代表取締役社長COOに、また、林真司COO(当時)が代表取締役CFOに就任するというビッグニュースだった。2018年で設立30周年を迎え、「Really! Mad+Pure」というタグラインを胸に、新たな体制で未来に向けてチャレンジを始めたエイベックス。松浦会長からその舵取りを託された黒岩の言葉から、エイベックス及びエンタテインメントの未来を探った。
既存の“1.0”と
新たな“2.0”を融合し、
“1.5”を生み出す
「就任していろいろとやることは多いですが、エイベックス・エンタテインメント株式会社の社長をやっていた時もバタバタはしていました。ただそこに新たな領域が事業として入り、さらに松浦会長や林CFOと経営的な話をする時間も増えたので、会議自体は多くなっています。でもそこはみなさんと連携して、無駄な会議はなるべく減らしていこうと考えています。既存の時間でシェイプできる部分はシェイプし、新しいことをやっていくための時間を作っていきたい」
端から見ていて、このエイベックスの新体制は、入念な準備と狙い済ましたタイミングで動き出したもの――そう思っていた。ただし、そこに至るまでの経緯を黒岩に聞くと、「松浦会長から告げられたのはゴールデンウィーク前」という驚きの回答が返ってきた。
「『俺、会長になるから』、それが第一声でしたね。それに対しては『もちろん、いいんじゃないですか?』と。でも『黒岩がグループの社長をやれ!』と言われて、私がまず言ったのは確か『ムリです』か『重いです』のどちらかでした。グループの経営的な社長と、グループの事業会社の社長とではやはり守備範囲が違いますし、私自身も音楽領域の社長として道半ばの段階で、まだここでやっていくものだと思っていたので、まったく想定もしていなかったです。ただし色々と考えた結果、とてもありがたいことですし、松浦会長が新しいことをやっていくというのは、会社としても非常にポジティブなことです。会長曰く、『既存の“1.0”は黒岩が担い、新たな“2.0”を自分がやる。そしてそれが融合し、“エイベックス1.5”が生まれてくる』と」
会社や組織といった枠組みにとらわれず、同じ思考の仲間と有機的に繋がりながら働く――昨今、さまざまなビジネスの現場で提唱されている“働き方2.0”。松浦会長はそれを会社に置き換え、エイベックスにおける既存の“会社1.0”の仕組みを進化させるために、あえて自分は“会社2.0”として外へ飛び出すことを決断した。そして、それぞれが得たものを還元し、融合させることで、新たな“会社=エイベックス1.5”のスタイルを生みだそうとしているのだ。
その意味でも既存領域を支え、さらなる成長へ導くリーダーとして、これまで数々の事業を牽引してきた黒岩がCOOにふさわしいだろう。そして、ゴールデンウィーク前後に決まった急転直下の人事劇だとしても、そこには松浦会長の揺るがぬ確信があったに違いない。
「後ろは崖しか無いような気持ちで受けさせてもらうと同時に、辞表を持って行くような覚悟でした。グループの社長になるということは、『結果が出なかったからまたここに戻って』というわけにはいかない。それだけの責任がありますし、もちろん家族とも話しましたよ。それでも正直なところ、最初は半信半疑というか、それぐらいのスピード感でしたね」
「松浦会長がこれまで担って来たことの大変さを、今、痛感しています」と語る黒岩。社長に就任し、松浦会長とより密に話すことが増えた中で、特に印象に残っている言葉があるという。
「『社長になると色々な人が寄ってくるので、ちゃんと見極める』こと、そして、例えばエイベックスで言えば『小室哲哉さんのような人を掴まえられたら勝ちだ』と。30周年で0歳からという松浦会長の言葉もあるように、既存だからといっても今までのやり方を踏襲していればいいということではない。それにはいかに社外の人たちも含めエイベックスに魅力を感じてくれて、いっしょに手を組み、新しいものを世の中に提供することができるか。それも踏まえた上での人が寄ってくる、そして時代を象徴するような人を掴まえられたら勝ち――ということだと捉えています」
足腰を鍛えて、
筋肉質な体質を作った組織に
ピークは無い
浜崎あゆみや東方神起、BIGBANG等のアーティストや、a-nation、ULTRA JAPAN、STAR ISLAND等のコンサートやフェス等の華々しい事業を手掛けた経歴が表立つが、実際に黒岩がどのようなきっかけでエイベックスに入社し、その先の道を歩んだのかを知る者は少ないのかもしれない。
「私が入社したのは2001年。それこそCDが爆発的に売れて、宇多田ヒカルや浜崎あゆみのCDが400万枚以上売れる時代でした。ただし、私が最初にやった仕事はコンサート。当時、会社でコンサートの事業をやっている人は、ほとんどおらず、『コンサートは儲からないから外注でいい』――それが社内での考え方でした。そのため最初は全然注目もされず、ただ実際やってみるとけっこう労力もかかるし、とても専門性があって、すごく面白かった。それを部下もいない状況で2年ぐらいやっていたのですが、外注先のライヴ制作会社がかなり優秀だったのもあり、いろいろなことを学びましたね」
その頃、欧米ではすでにパッケージビジネスが下り坂に突入し、レコード会社よりもライヴのプロモート会社の方が360度ビジネスを展開していた。
「『これから360度ビジネスをやる上では、絶対にコンサートを自社の事業に組み込むべきですよ!』と、当時の上司に言ったりしていました。しばらくすると同じ考え方をしている人が現れ始めて、ひとつのグループに。そして2005年に第2創業のように言われる時期が来た時に『ここだ!』と思い、上司を飛び越えて直訴しました。最終的な経営判断のもと、「やろう」ということになり、そこからコンサートの制作と、その他のスポンサーセールスやMD、チケッティング等を司るエイベックス・ライヴ・クリエイティヴという会社が誕生しました」
黒岩が「自分たちのヒットとは何だろう?」と考えた時に、最終的に辿り着いた結論は「この会社の規模を大きくすること」というものだった。
「ヒットというのは未来永劫続くわけではなく、ピークがあって、ある程度で一定になるか落ちるか。ただし、組織にピークは無い。時間はかかるかもしれませんが、しっかり足腰を鍛えて、筋肉質な体質を作ることが私たちにとってのヒットであり、会社に対する貢献だと考えました。その想いで地道に地道にやってきた結果、吹けば飛ぶような組織ではなくなったと思います」
これまで築き上げたシステムやプラットフォーム。それは、さまざまなヨコ展開を可能にした。
「『外部のアーティストとのコラボレーションをやろう』『舞台をやろう』『ニューヨークからブルーマンを呼ぼう』とか。さらに『フェスをつくろう』『海外のフェスを持ってこよう』もそう。私はずっとひとつのことを地道に組織の一員としてやってきた。『楽曲を作ろう』といった発想にはならなかったし、『気に入った人のマネージメントをしよう』ともならなかった。自分の与えられているライヴ・エンタテインメントという領域で、360度、何ができるのか――それを常に考えてきました」
MadとPure――
相反する要素が融合し、
何が作れるのか
黒岩は自身のこれまでを振り返り、「限られた中で何でもやってきたことが、結果的に今に繋がっている」と語る。シンプルにひとつのことを追求し続けた結果、気がついたら、COOの位置にたどり着いていたのかもしれない。
「どうしても人は与えられたことを淡々とこなしてしまいがちになる。新しいことを思いついても、組織に潰されることもあれば、『そこまでやっても……』と自分で諦めてしまうケースもあるでしょう。ただし、今あるものに対して疑問を持って可能性を追求することのできる人が、きっと新しい何かを切り開くことができるのだと思います」
“疑問”というシンプルな動機が、これまでも黒岩を突き動かして来た。
「昔はアーティストを発掘する会社と、育成する会社と、マネジメントする会社が別々だった。ただしそれは、一気通貫でなければ絶対に良い人は育たない。また、リリースに関しても『出さなければいけない』という悪しき慣習がある――「何で?」っていう。私はわからないことは教えてほしいし、教えてもらった上で論理的に突き詰めていきたい。あと大事なのは、売上よりも利益だということ。売り上げは規模の経済の話で、新しいマーケットを取りにいったら上がる。ただし、シェアの取り合いはあるにしても、日本の音楽産業で大体のパイは決まっていて、その中で売上を無理して伸ばそうとすることほどナンセンスなものはない」
インタビューの最後は、やはり「Really! Mad+Pure」というタグラインについて聞きたかった。
「Really! Mad+Pureもエイベックス1.5も同じだと考えています。プラスとマイナス、陰と陽……それぞれがあってバランスが成り立つ。それと同じで、Madだけでもいけないし、Pureだけでもいけない。大事なのは相反する要素が融合し、何が作れるのか。その上で『マジ!?』『スゲーじゃん!』みたいなものを目指すべきだということが、あのタグラインには込められていると考えています。やはり世の中でスタンダードになるものは、最初はどちらから入っていても最終的に融合して、パイが大きくなり、マーケットが安定する――これが私たちでいう、ヒットの定義でもあると思います」
エンタテインメントを牽引し続けなければいけない企業の代表に必要な“らしさ”は、すでに言葉の端々から滲み出ている。論理的ではない慣習に対しては素直な疑問を持ち、実直に新たな改革にチャレンジする――“エイベックス1.5”は果たしてどのような形で成就するのか? 黒岩が率いる新生エイベックスは、次なる航海へ向けて舵を取ったばかりだ。
エイベックス株式会社
代表取締役社長COO
エイベックス・エンタテインメント株式会社
代表取締役社長
黒岩 克巳