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ONOFF

2018年、エイベックスは株式会社HIROTSUバイオサイエンスとエイベックス&ヒロツバイオ・エンパワー合同会社を立ち上げた。片やエンタテインメント企業、片やがん早期発見のための1次スクリーニング検査『N-NOSE』(エヌノーズ)を手がけるバイオベンチャー。一見、畑違いにも思える2つの会社が手を結んだ背景にはどのような思い・ビジョンがあったのか——。

同社代表を務める・保屋松靖人と『N-NOSE』開発者でHIROTSUバイオサイエンス社代表を務める広津崇亮氏へのインタビューとあわせて、2020/2/15(土)に開催されたチャリティーコンサート『LIVE EMPOWER CHILDREN 2020』の模様もレポートする。

たった一滴の尿でできるがん検査
『N-NOSE』のインパクト
確信したエンタテインメント
の発信力

保屋松「エイベックス&ヒロツバイオエンパワーの設立に至ったのは、数年前に私の長男が小児がんを発症したことがきっかけです。息子はがんのステージもかなり進んでいましたが、治療の甲斐もあって幸いにも完治。しかし、病院を見渡せば小児がんに苦しむたくさんの子どもたちがいました。医師に聞くと『今は小児がんでも、早期発見なら8割は治る」と言います。この事実を知ったとき、『どうして早期発見してあげられなかったのだろう?』という強い後悔の念にさいなまれたのです。そんな折に知人を介して出会ったのが線虫を用いたがんの早期発見技術を研究していた広津先生でした。当時子どもにがん検査を受けさせるなんて考えはまったくなかったのですが、高精度で痛みもなく、しかも安価にがんを早期発見できるという『N-NOSE』のことを知り『これなら子どもでも受けられるがん検査になるのではないか』と強く感じました」

子息のがん闘病をきっかけに、がんの早期発見に新たなビジョンを見出した保屋松。一方の広津氏はたった一滴の尿でがん患者と健常者を高精度に識別する画期的技術を用いた検査『N-NOSE』を、いかにして世に送り出そうと模索する真っ只中にいた。はたして保屋松との出会いにどのような可能性を見出したのだろうか。

広津「保屋松さんと出会ったのは、ちょうど『N-NOSE』が完成したころでした。当時の課題といえば『この技術をみんなが知ってくれるにはどうしたらいいだろう?』というもの。
実は日本は乳がんにおける『ピンクリボン運動』のように、啓発活動は行われているもののがん検診受診率は一向に上がらない、という現実があるのです。確かに『N-NOSE』は画期的な検査です。しかし、ただ『N-NOSE』があればみんなが知ってくれるかと言うとそうでもない。啓発ポスターを貼るといった従来型の普及活動よりも、もっと強力にアピールする手段が必要だと考えていました。そんなタイミングで保屋松さんから『a-nation』に招待していただいたのですが、オーディエンスの熱狂ぶりがとにかくすごい。『この発信力があれば、がん検査の大切さを若い人に伝えられるのではないか』と即座に思いましたね」

『a-nation』でエンタテインメントが持つ強力な発信力にある種の確信を得た広津氏。がんを線虫の嗅覚で検知という、世紀の大発明と言っても過言ではない『N-NOSE』の完成までにはどのような紆余曲折があったのだろうか。

広津「私はもともと医者ではなく、線虫の研究者です。だから『線虫の嗅覚が優れている』ということは知っていました。ただ、線虫という生物はあくまで基礎研究に用いるものであって、それ自体の嗅覚を世の中の技術に応用しようという考えはありませんでした。では、なぜ思いついたかというと、それはがん探知犬の存在です。生物の中にはがんをかぎ分ける能力を持つものがいる。ただ、犬の集中力には限界がありますし、飼育コストなどを考えると実用化は現実的ではありません。そこで思い出したのが優れた嗅覚を持つ線虫でした。『犬にできるのなら、線虫で試してみてはどうだろう?』というシンプルな発想から研究をスタート。すると、あれよあれよという間に結果が出て論文を発表することになったのです。もちろん、基礎研究でいい結果が出たといっても、『たまたま少ない検体でいい結果が出た』とも考えられます。線虫ががんの臭いをかぎ分けることを完全に証明するためには、より多くの症例数が必要でした。また、実験室レベルであれば人間の手でできますが、最終的に実用化を目指すなら機械化しないとたくさんの検体を処理することができません。その2つの課題を解決するにはどうしたらいいかと考えた時に、大学教員という立場でやるのはほぼ不可能だろうと思い、大学を辞めて会社を設立しました」

がんと闘う子どもたちを
音楽でサポート
トップアーティストの競演で
届けた熱い思い

こうした保屋松と広津氏との出会いが触媒となり2018年に設立されたエイベックス&ヒロツバイオ・エンパワー合同会社。その活動の第一歩として、従来のエンタテインメントの枠組みを超えた新しい試み『LIVE EMPOWER CHILDREN 2020』を企画。エンタテインメント×ヘルスケアというこれまでになかったイベントを目前に控えたインタビューにて、広津は次のように語った。

広津「『LIVE EMPOWER CHILDREN 2020』については保屋松さんと2年前くらいから話しているのですが、『早い、もう実現するんだ』というのが今の実感ですね。やっぱり、こういうインパクトのあることをやっていかないと、どんなに優れた技術でもなかなか世の中に広まらない。認知されないと思うのです。小児がんに罹る子は年間2,000人~3,000人ですから、人数そのものは大人のがんに比べたら少ない。でも、その一方で私は小児がんこそ大変ながんだと思っています。小児がんに罹るなんて子ども自身も思っていないし、親もそもそも自分の子どもが小児がんになるなんて思っていません。でも、『小児がんになる可能性は誰にでもあるんだよ』ということを伝えるにはこういうイベントをやっていく必要があるのです。まだまだ『N-NOSE』も臨床研究が始まった段階ですが、やっぱり『N-NOSE』の良さは痛みなどの負担がないから子どもでも受けられること。子どもでも受けられるがん検査ができたという事実をもっともっと知ってもらいたいのです」

一方、保屋松は、『LIVE EMPOWER CHILDREN 2020』への出発点ともなった、ある少女との出会いを回想する。

保屋松「以前、小児がんと闘病している女の子と出会いました。その子がたまたまエイベックスのアーティストのファンだったので、私からそのアーティストにサイン色紙を頼んだんですね。色紙には『早く良くなってコンサートに来てください』。たった一言だったのですが、後日親御さんから、『抗がん剤の治療がつらくて、前向きになれなかった娘が自分から治療を受けるようになってくれました!』というお手紙をいただいたのです。やっぱりエンタテインメントの存在意義ってこういうことにあるのだと思った瞬間で、あの出来事があったからこそ、『LIVE EMPOWER CHILDREN 2020』の企画が始まったと言えるかもしれません」

そして、このような二人の思いが実を結び、世界共通の「国際小児がんデー」でもある2020年2月15日(土)に『LIVE EMPOWER CHILDREN 2020』がついに開催された。出演者は、Every Little Thing、倖田來未、moumoon、ピコ太郎、Da-iCE、木山裕策、サンプラザ中野くん、新羅慎二(若旦那)、尾崎裕哉、DEEP SQUAD、岩越涼太(オープニングアクト)の計11組。さらに、ステージ袖では天野ひろゆき(キャイ~ン)と増山さやか(ニッポン放送アナウンサー)の2MCが巧みなトークで東京国際フォーラムに集まった約3,500人のオーディエンスを楽しませた。

オープニングアクトの次に登場したLDH所属のコーラスグループ・DEEP SQUADは『Get with you』と『~Tejina~」の2曲を熱唱。「このイベントががんの早期発見のきっかけになれば」というMCを挟みながら、美しいハーモニーで会場を魅了した。続く3番手には、ピコ太郎が登場。YouTubeの動画再生回数が3億回を超える『PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)』でオーディエンスをつかむと、新曲『I’m Standing』を披露。どこかシュールなコントのようでもあるパフォーマンスには言い表し難い中毒性がある。ラストに演奏された『PPAP ライブエンパワーVer.』ではステージ上にマイメロディ、アフラックダックも登場し、会場はほほえましい雰囲気に包まれた。

軽快なダンスナンバーで会場を盛り上げたDa-iCEに続いて、自らもがんと闘いながら音楽活動を続けるシンガーソングライターの木山裕策が登場。がんとの共生社会づくりを目指す「ネクストリボンプロジェクト」のテーマソング『幸せはここに』のイントロが流れると、会場はうってかわってしっとりと聴き入る雰囲気に。その後演奏された名曲『home』では、木山の熱唱にほだされるかのように、歌詞を口ずさむオーディエンスの姿も見られた。

イベントも中盤に差し掛かる5番手には尾崎裕哉が登場。「僕らはいつか/かならず幸せになれる/その途中の今日を生きている」と訴えかける『サムデイスマイル』でオーディエンスの心をつかむと、父・尾崎豊が遺した名曲『I LOVE YOU』を披露。ストレートでむき出しの歌は、中継先の病院で聴く子どもたちの心にどのように響いただろうか。

アコースティック・ギター1本で熱いパフォーマンスを見せた新羅慎二(若旦那)に続いて登場したmoumoonは、初演奏となる『虹』を熱唱。この曲は小児がんと闘いながら500曲もの楽曲を遺した加藤旭君の原曲に、moumoonのYUKAとMASAKIが歌詞とアレンジを加えて完成したコラボ曲。この日のステージでは、旭君の同級生だった3名が加わった「光のプロジェクト特別オーケストラ」によるパフォーマンスが披露された。

moumoonに続く9番手にはサンプラザ中野くんが登場。盟友・パッパラー河合(G)を引き連れた彼は、『旅人よ 〜The Longest Journey』と、代表曲『Runner(平成30年Ver.)』と爆風スランプのヒット曲を立て続けに披露し会場を沸かせた。

人から人へと受け継がれ、新たな出会いをつむぐ――音楽が持つ不思議な力を、多くの人が目の当たりにした瞬間だった。

朝日新聞社提供

この日は会場に来られない子どもたちのために、ライヴの模様を病院へ同時配信するパブリックビューイングも実施。東京都世田谷区にある国立成育医療研センターでは、病室に設けられた中継画面を通して子どもたちがライヴの模様を楽しんだ。

10番目に登場し、会場を総立ちにさせた倖田來未はMCの中で国立成育医療研究センターの子どもたちに直接話しかける場面も。まさに“エンパワー(力づける)”という名を体現するライヴになったことを象徴するシーンとなった。

最後の出演者となったEvery Little Thingが『START』を歌い終え、ライヴ終了か……と思いきや、ここでMCのふたりからうれしいサプライズの発表が。なんと、全出演者が再びステージに登場して、マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチーらによるチャリティーソング『ウィー・アー・ザ・ワールド』を演奏することに。滅多に見られないトップアーティストの競演にオーディエンスの盛り上がりも最高潮へ。

時にやさしく寄り添うように、時に力強く背中を押すように……11組のアーティストがそれぞれの歌に込めた熱い思いは、病室の子どもたちや彼らを支える家族の心にもきっと届いたのではないだろうか。

優れた研究者に光を——
エイベックスのノウハウで
認知拡大へ

発見からわずか5年。異例ともいえる短期間で実用化されることになった『N-NOSE』。これを目の当たりにした保屋松は、エンタテインメントとヘルスケアのコラボレーションに新たな可能性を見出しているという。

保屋松「『N-NOSE』はわずか5年で実用化までこぎつけましたが、広津先生によれば日本の大学にはまだ日の目は見ないたくさんの優れた研究が行われていると言います。でも日本の大学では、実用化が目標というよりまず研究費をどう捻出するかが先に立ってしまい、実用化どころではないという現実がある。ある人は研究をあきらめ志半ばで企業に就職したり、またある人は研究の場を海外に求めてしまう。広津先生はいつかそういう若い研究者を支援していきたいとおっしゃっています。考えてみれば私も畑は違えどマネジメントに携わってきました。そこでは常に『アーティストが生み出す音楽をどうやって世の中に広めるか』ということを考えてきたわけですが、『研究者=アーティスト』に置き換えて考えてみると、研究成果はいわばアーティストによって生み出された『作品』です。そういう意味では、先生がおっしゃっていたまだ日の目を見ていない研究や研究者に光を当てて、それを世の中に広めていくという仕事に、これまで培ってきたマネジメントの経験を活かすことができると思うのです」

エイベックスが長年培ってきたアーティスト・マネジメントの経験とノウハウを、ヘルスケアという新たな分野へフィードバックするという新しい挑戦が、今始まろうとしている。どんなに優れたアイデアもそれを世に広める力がなければ、世間に認知され、ビジネスとして確立させるのは難しい。“研究と、その成果を世に広める力”。改めて考えてみればこの構図はエイベックスが長年培ってきた『アーティスト』と『マネジメント』の関係にぴったり符合する。それに気づいた時、二つの歯車が音を立てて回り始めた――。

アーティスト・マネージャーと、サイエンティストという遠い存在だった二人の邂逅は、新しい何かが始まる期待感に満ちている。

(写真左)
株式会社 HIROTSU バイオサイエンス
代表取締役
広津 崇亮

(写真右)
エイベックス&ヒロツバイオ・エンパワー合同会社代表
保屋松 靖人

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