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『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち 『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち

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『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち

2024年6月より全国で上映された藤本タツキ氏原作、押山清高監督による劇場アニメ『ルックバック』。公開初日から興行収入ランキングで1位を獲得。海外での上映も展開され、2024年のアニメ業界を代表する作品のひとつとなった。プロデュース、制作、配給、宣伝と、それぞれの立場でこの作品に携わった5名に集まってもらい、ヒットの要因や得られた学びについて話を聞いた。

『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち

(写真左から)大山 良 / 和田 智子 / 長屋 圭井子 / 瀧 清加 / 松村 一人

上映時間“58分”という挑戦

本作の原作となる漫画『ルックバック』は、2021年7月にマンガ雑誌アプリ『少年ジャンプ+』に掲載された読み切りの短編漫画だ。当時この作品に出会いプロデュースを手がけた大山良は、ことの発端をこう振り返る。

大山「原作は公開されたその日に読みました。藤本先生は、連載作品では『チェンソーマン』や『ファイアパンチ』といったアクション漫画が多かったのですが、今作は2人の少女の青春物語。小学生から中学、高校生を経て漫画家になっていく姿が時代の経過とともに描かれていて、ひとつひとつのシーンの描き方も含めてとても映画的な作品だなとも感じました。アニメ化するとどういうことができるだろう、ならではのフックやカタルシスをどうつくっていけるだろう、というようなことは考え始めていました」

『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち

2022年初頭からは具体的な企画の準備が始まっていく。押山清高氏に監督を打診し、同氏が代表を務めるスタジオドリアンとエイベックス・ピクチャーズ株式会社(以下API)との両社で企画を提案し、集英社及び原作者の藤本タツキ先生の了承のもと、制作が決定した。

前述のとおり原作は連載漫画ではなく、143ページの読み切り作品だった。短編漫画としては比較的ページ数は多いものの、それを原作として長編映画をつくるボリュームとは言い難い。

大山「最終的に58分の作品となるのですが、一般的に短編映画というと10分程度の作品が多く、とはいえ60分では長編映画としては短い。興行的にハードルになるかもしれないという懸念はありましたが、内容としてベストであれば挑戦していこうという思いがありました。はじめは手探りでスタートしていきましたが、だんだんと作品の輪郭が見えてくると、すごく良いものが出来上がっている手応えが強くなっていきました。もちろんいろいろな課題は常々出てくるのですが、制作の各工程が進むにつれてどんどんと思い入れや熱量が高まっていくような、そんな作品だったと思います」

そして、当初からの懸案事項だった作品の長さの課題は想定ほど大きなハードルにはならず、むしろ映画上映の新しいスタイルを提示するに至った。配給を担当した和田智子は振り返る。

和田「配給の面からみても尺の問題は懸念点ではありましたが、実際には58分という尺が特にデメリットにはならなかったと感じています。各所の担当の方々も皆さん原作のことをご存知で、そこへの期待値のほうが大きかったです」

『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち

大山「1時間弱のサイズだと、劇場によっては1日18回も上映してくださるところもあるくらい、多くの回数を上映できるメリットがありました。鑑賞者にとっても自分のスケジュールを合わせやすく、その意味でも中編作品には今後の大きな可能性を見い出すことができました」

フィルムに立ち現れる、
つくり手ひとりひとりの思い

本作で描かれている主人公たちの漫画づくりへの情熱は、実際にこの映画をつくっているクリエイターたちの情熱に、大きく重なるところがあったはずだ。この作品はとりわけ、制作陣の特別な愛や熱を帯びていたのではと想像される。

大山「それは大いにありますね。やっぱりエンタメや創作が好きだから今この仕事をしているというのは、おそらく関わっている全員に共通していることだと思いますし、まさにものをつくっていく喜びや苦しみが描かれている作品なので、思い入れは増しますよね。藤本先生にとってもご自身が強く投影されている作品で、また押山監督も、ひとりの描き手としての思い入れが強い作品になったと仰っていました。アニメーターの皆さんひとりひとりの思いも同じだったはずです」

大山とともに今作のプロデュースにあたった松村一人は言う。

『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち

松村「昨今のアニメ業界では大人数のスタッフで制作している場合が多いなか、本作は各人の能力が高く少人数で走り切った作品です。そこにはアニメのつくり手ひとりひとりの意志を反映できる作品にしたい、という押山監督の意図がありました。ひとりひとりのクリエイターが自分たちの手が届くところでつくっていった作品なんですね。そのぶん作品への思い入れも深かったと思います」

自身を含むアニメのつくり手たちに対する監督の敬意や誇りは、作中にも表れている。

松村「アニメーターが描いた原画の線を完成された映画フィルムに反映させる、という特殊な手法になっています」

そうしてつくり手の熱は映画が持つ気配となって観る者にたしかに届く。『ルックバック』の主人公たちに思い入れ、漫画づくりに懸ける思いに胸を打たれる鑑賞者たちにはその尊さが分かる。漫画やアニメ、ものづくりに対する敬意という共通項をもって、制作現場と鑑賞者をつなぎ共鳴させることができた稀有な作品になったとも言えるのではないだろうか。

作品の力を信じて
ありのままの魅力を伝える

今作のヒットの大きな要因のひとつは、熱量の高い口コミによる情報拡散だった。宣伝を担当した長屋圭井子と瀧清加は、この作品自体の強い力、そしてそれに呼応する観衆の力を感じる場面が多かったと振り返る。

長屋「原作は公開当時から話題になっていましたし、藤本先生のファンは数多くいらっしゃいますので、まずはその方たちにきっちり作品を届けるということが、宣伝チームのミッションだと考えていました。作品の性質も踏まえて、あおるような宣伝をするのではなく、作品が持つ魅力をまっすぐ伝えることに専念しました」

『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち

瀧「パブリシティの面でも、粛々と事実を伝えるという方針でしたが、主演の河合優実さんが、出演していたドラマで大注目を浴びていたこともあり、多くのメディア露出につながりました。それが結果的に、作品の強みのひとつになっていたと思います。」

そういった背景もあり、本作の宣伝においては観衆からの熱い口コミが大きな役割を果たした。

長屋「完成した本編を初めて観た時に、口コミが期待できるという想定はありました。また、アニメ作品ですがいわゆる映画ファンといった人たちにも支持して頂ける可能性を感じました。実際にとても多くの方々が劇場に来てくださって、映画ファンのコミュニティにも口コミが広がっていき…。いわゆるアニメファンだけでは作れなかったうねりを生むことができたという点は大きかったと思います」

瀧「あとは藤本先生自身も、要所要所でコメントを出して下さったり、取材に応えてくださったりと、原作者からの後押しという面も強かったですね」

『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち

長屋「著名な方にコメントをもらって、それを口コミにつなげていくというのは王道の宣伝手法ですが、『ルックバック』は多くのオピニオンリーダーや芸能人、著名人の方々が自発的に発信してくださって、そこから伝播していった部分も大きかったです。また我々からコメントをお願いする場合にも、現代美術家の奈良美智さんやスタジオジブリの鈴木敏夫さんといった、普段なかなかお願いできないような方々に熱いコメントを寄せてもらうことができました」

『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち

著名人からの感想コメント

作品が持つ本質的な力を素直に伝え続けることで観衆の共感を呼び、『ルックバック』は多くの人たちを巻き込んでいく。たくさんの人の声と思いをうねりに変えて、それはやがて国内外の映画賞での高評価にも結実していくことになる。

日本アカデミー賞受賞と
海外での高評価

『ルックバック』は公開初日から興行収入ランキング1位を獲得、公開15週目には動員117万人、興行収入20億円を突破しその後も順調に上映数を増やしていった。国内の多くの映画賞を授賞するなか、2025年3月には日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を授賞するに至った。

『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち

大山「アカデミー賞に関しては、最優秀賞に選んでいただきとても光栄でした。また、今回から新設されたクリエイティブ貢献賞でも、作品の屋台骨となる原動画を担当したアニメーター8名が表彰されたことは嬉しかったです。そして主人公の藤野役を演じた河合優実さんが『あんのこと』で最優秀主演女優賞に選出されました。ルックバックの授賞の際には、押山監督とアニメーターの井上さん、河合さんの3人で登壇されて、その姿を見るのは本当に感慨深かったです」

まさに名実ともに2024年を代表する劇場アニメ作品となった『ルックバック』だが、そんな国内での盛り上がりと並行して、海外での展開も進められていた。2024年7月には世界20以上の国と地域での上映がスタート。国外での興行収入累計は約24億円を突破している。(2025年3月現在)

松村「海外で最初に手応えを感じたのは、フランスのアヌシー映画祭に行ったとき。上映予定だった分の予約はすぐに埋まってしまって、急遽追加上映が行われました。多くの共感を呼ぶ『ルックバック』という作品の普遍性は、日本人のみならず世界の人たちに対しても通用するのだと自信を得ました」

海外展開のなかでもアメリカでは500を超える劇場で公開され、アニメーション分野において最も権威のある賞のひとつであるアニー賞で長編アニメーション(インディーズ)部門へのノミネートを果たした。

『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち

その感想を聞くと松村は「悔しかった」と漏らす。

松村「アニー賞にノミネートしていただいて、現地の空気を吸って気持ちも高まっていたぶん悔しかったです」

『ルックバック』が連れて行ってくれた世界の舞台。それに限らずこの作品は、制作陣に新しい景色をいくつも見せてくれた。その経験はきっと各人のこれからの挑戦に活かされるはずだ。悔しいと語る松村の視線の先にあるはずの、APIの“次のチャレンジ”にも、当然周囲の期待は高まっている。

心から良いと思う作品を
ヒットさせる喜び

最後に、各々がこの作品との関わりで得た学びと今後について聞いた。

『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち

大山「やはり58分という上映時間で勝負したことは非常にチャレンジングだったと思います。上映時間は短くても、内容が良ければ十分に価値を感じてもらえる、お客さんに観てもらえるということが身をもって分かり、大きな学びになりました。また、ウェブ漫画の媒体だったからこそ143ページの読み切り漫画を発表でき、結果として、映画の“58分”というアプローチにつながっていることを考えると、コンテンツの生み出し方として時代にマッチしている部分もあるのかなと思います。今後も長めの読み切り漫画というのは多数出てくると思いますし、そういった作品の映画化には大きな可能性があると思っています」

長屋「固定概念を覆すようなチャレンジをした作品には、大ヒットにつながるものが多いと感じています。常識に挑戦した作品がヒットしたという点では、APIが手がけた『おそ松さん』のときにも同じことを感じましたが、今回また改めて思い直しましたね」

和田「配給の立場でいうと、上映規模のつくり出し方に学びがあったと思います。作品の仕上がりの素晴らしさに舞い上がって、当初は全国200館くらいで広めに展開したいと相談したんですが、重たいテーマを扱う作品ということもあり120館に抑えてスタートし、結果的には300館を超えていくことになりました。初動での各館の盛況ぶりを受けて上映館を増やしていくという構図になったことで、上映規模の拡大そのものが話題になりましたし、口コミがさらに広がるきっかけになった部分もあると思います」

それぞれの立場で得るものは多くあった。大山はこう結ぶ。

大山「心から良いと思う作品がこうやってヒットするのは、本当にこの仕事妙利に尽きますね。『ルックバック』はそれを感じることができたプロジェクトでした。原点回帰できたような気持ちです。これからも、いろいろな作品に全力投球していきますが、1本でも多くこういう作品に携わっていきたいと思っています」

『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち

漫画や映画、ひいてはあらゆる創作に込められる情熱というものへの敬意がこの作品には宿り、そこに共鳴する多くの鑑賞者たちがこの作品をより大きな存在へと仕立て上げてきた。

たくさんの人たちの膨大な熱量が注がれた『ルックバック』。その躍進から得られた経験は、これからのAPIのさらなる飛躍の原動力となっていくことだろう。

『ルックバック』が切り拓いた新時代のヒットのかたち

(写真左から)
エイベックス・ピクチャーズ株式会社
執行役員
大山 良

株式会社エイベックス・フィルムレーベルズ
配給グループ 配給ユニット マネージャー
和田 智子

エイベックス・ピクチャーズ株式会社
執行役員
長屋 圭井子

エイベックス・ピクチャーズ株式会社
マーケティング・コミュニケーション本部
プロモーショングループ 第1宣伝プロデュースユニット
瀧 清加

株式会社エイベックス・アニメーションレーベルズ
アニメ制作本部 スタジオ戦略室 室長
松村 一人

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