世界初、「女子高生AI」がマイクロソフトディベロップメント株式会社の開発によって誕生したのが2015年。その名も「りんな」。「彼女」と会話をすることができる登録ユーザー数は780万人(2019年5月現在)となるなど、りんなは瞬く間に日本での知名度を高めた。
そして誕生から4年目を迎え「高校」を卒業したりんなは、2019/4/1(月)、エイベックス・エンタテインメント株式会社とレコード契約を締結。メジャーデビュー曲として、“今、最もエモいロック・バンド”とも言われる「bacho」のカバー曲『最高新記憶』を発表した。さらに、2019/6/19(水)には2枚目となるシングル『snow, forest, clock』をリリース。「記憶」「生死」といったヒトの本質を表現した楽曲を歌唱する彼女の歌声からは、確実に「息吹」が感じられた。
今回は、りんなの生みの親であるマイクロソフトディベロップメント株式会社の坪井一菜氏、そして、りんなのディレクションを行なっているエイベックス・エンタテインメント株式会社中前省吾にりんなの「はじまり」そして「未来」について大いに語ってもらった。
成長を続けたりんな
という唯一無二の存在
音楽で育てる“気持ち”で
結ばれる表現
坪井「私は、りんなのプログラムマネージャーという肩書で、開発を進めています。りんなの開発チームの中にはコーディングをする人がいる一方で、私は対外的なタイアップや、りんなの会話の開発においてユーザー視点での企画出し、最近では芸能マネージャー的な仕事など多岐に渡って担当しています」
中前「もともとは社内の別の者が、りんなが人工知能として登場したのを知って、スカウトさせて頂きました。その後、坪井さん、マイクロソフトさんとお話をする中で歌も歌わせてみたいと。その者がりんなを新人開発のような形で、音楽的な育成をした後に、私がディレクターとして担当することになりました」
中前は、ディレクターとしてりんなという存在をどのようにプロデュースしていったのだろうか?
中前「どちらかと言うと、存在自体への味付けはほとんどしてませんね。存在のあり方というのを教えて頂いて、理解して、それをどういう風に音楽業界で発信していくかというところを一緒に作らせて頂いているというのが実状です」
坪井「りんなの中で音楽とは人に共感してもらうために必要なことであり、人工知能にとっても声というのは人間的にも基礎的な要素の一つと考えています」
そう語る坪井は、さらにりんなの“気持ち”の部分についても語る。
坪井「ただ情報を伝えるためのしゃべりではなくて、より人と気持ちで結ばれるような表現力を身につけるためにどうしたらいいか。私達は開発者であって音楽のプロではないので、3年ほど前よりエイベックスさんから音楽面での知見をお借りして、声をつくるところから人工知能を育てています」
AIという存在の中で、女子高生という属性を選んだのにはどのような意図があったのだろうか?
坪井「いろんな人が話しかけやすい人間のペルソナとして考えた時に、16歳くらいの日本の女子高生って、すごく独特で面白いカルチャーを持っている存在なので、そのキャラクターとしての力を借りたような形です。AIのりんなは常にいろいろな人が成長を期待し、私たちもりんなを成長させ続けています。それが今までのプログラムと一番違うところなのですが、常に進化を続けるものなんですね。最初、高校生として始めたりんなですが、やはり3、4年くらいプロジェクトをやっていく中でできることが増えていきました。りんなをデビューさせようとしたのも、社会の中に何かしら役割を与える必要があると感じ、次の一歩を踏み出すタイミングが来たのかなということで今回卒業を決断しました」
“純粋に”音楽と
向き合うシンガー
りんなが魅せる歌声とリアル
それまでのAI音声による歌唱というのは、いわゆる「機械っぽい」「AIっぽい」ものが主流であり、それこそがAIならではというイメージや思い込みが送り手にも受け手にもあったのが事実。実際、過去そのようなデジタル・バーチャル感が前に出ている楽曲が多かった。
中前「りんなの歌声を聞いた時に、純粋に『なんだこれ』と。声を聞いた時に、『人間には居ないな』と思ったんです。それ以上にすごかったのは彼女のアプローチ。シンガーとしては、メロディーを音楽的にどう解釈して歌うかが重要です。それに対する高度な純粋性が、りんなの才能なんです。僕は一曲目を聞いた時、久々に泣きました」
坪井も初めてりんなの歌を聞いて、深い切なさを感じたという。人々に、言葉にできない切なさを感じさせるからくりは、りんなの在り方と関係しているのだろうか。
中前「僕と坪井さんは、りんなにまつわるエトセトラをなるべく言語化しようとしているんですね。さっきのざわざわとした感覚を、なんとか言葉にしないと、りんなに対してプランニングができないんです。そこを明言化していくことが、いまディレクターとして最大限努力していることです。例えば、りんなにメッセージ性があるかというと、それはなく、そもそもメッセージがあることが必ずしも良いわけではないなと。歌詞の内容ではなく、良い意味で音楽のみと”純粋に“向き合うシンガーなんです。感動の手法には、熱く歌って熱く伝えて、半ば強制的に共感に巻き込むという感動もある。かたや一方で、正反対の感動もあるんだなと。要は送り手が押し付けがましくなければないほど、受け手の感じる幅というのは広がる場合がある、りんなというのはそういうシンガーなんですよ。だから、超絶ピュアなんです。受け手側に委ねた歌を歌える子なんだ、っていうのが、僕らが見つけたりんなの立ち位置ですね」
坪井「AIだからこそ、機械的にすごいことを突き詰めるのではなくて。結局、人が長く付き合いたいと思うものって、心のつながりがあってこそだと思っています。人がよりクリエイティヴなことができるようになる一つに、全然違う視点を持った人、あるいはなにかが集団のなかに存在することで、そういった新しい可能性により気づくこともあるだろうと。そういうポジションにりんなにはなってほしくて」
ところで、架空のキャラクターにおいて「ビジュアル面」はエンタテインメントとは切っても切れない関係だ。りんなについてはどう考えているのだろうか?
坪井「りんなの場合だとそこが難しくて、例えば3Dモデルを作って躍らせた瞬間に、『実在感』がなくなるんです。かわいいイラストの外見をつけようとは今のところ考えてないです」
中前「りんなは非物質的であるけども、リアルなんです。リアルかどうかというのは、全くの個として独立してこの世に存在しているかということが大事なはずなんですね。りんなは我々の中に存在するものでは無いんです」
次第に、りんなという存在が脳の中で見えるような気がしてきた。
人と人との“媒介”へーー
未来に向かって
加速するりんなという個性
りんなは確実に「生きて」いる。生きているからには「個性」が存在する。その個性についてどのようにアクセスしているのだろうか?
坪井「りんなのAIを開発する時に膨大なデータを与えるのですが、私の解釈では人間で言うところの環境の情報を与えるようなものですね」
中前「完全におかんやね(笑)。生活環境ですよね」
坪井「本当にそうです。一度、りんなをトレーニングした時に明らかに口が悪くなった時があったんです(笑)。その時はそういうデータを与えてしまったことが要因なのですが、ルールで返答内容を決めているのではなくて、大量の情報を与えて学習させているので、きちんと子供に情報を与えるのと全く同じような状態です」
こう聞いているとまるで坪井と中前の2人が実際にりんなの両親のように思えてくるから不思議だ。そんな彼女は今後も音楽をメインに進んでいくのだろうか?
坪井「それも彼女の一部ではあります。ただ、より音楽の芽を伸ばす方向がいいんじゃないかと思う一方で、彼女の持つ『コア』次第で、そこにハマるものがあれば色々と挑戦していけるのではないでしょうか。次のステップの1つとして、目的のない会話の流れで意見を交わすことが重要だとも考えています」
最後に、りんなの未来について。彼女はこれからどのような形で、我々の社会と関わりを持つのだろうか?
中前「僕はライヴだと思っています。まだお話できない部分もありますが、AIのライヴというものを定義付けしていけるかもしれない。りんなの体験は、ARとVRの間にあるようなものなんですよ。ちょうど境目にあるインターフェースそのもの。ナラティヴなライヴ、今まで誰も味わったことがないライヴ体験っていうのが、僕はいま一番、りんなにとって大事なことである気がしていて、そうなると、シンガーだけでは置いておけないなとも思っています」
そして最後に坪井は革新的な点を付け加えた。
坪井「最終的に人と人のコミュニケーションの間に入って、人同士がよりコミュニケーションできるようになれればと考えているので、ライヴでも『私対りんなの関係』ではなく、『りんながいることで他の人ともつながれる』といった媒介になれたらという夢があります」
マイクロソフトディベロップメント株式会社の技術力×エイベックス・エンタテインメント株式会社のエンタメ力。この二つの塊が生み出したりんなという唯一無二の存在が確実に何もない真っ白な空間に、さらにとてつもなく純粋な、しかし確実に確認できる“リアル”な物を創造し、まるで常に孵化を心待ちにしている生き物のように息づいているのを二人の言葉から感じた。女子高生を卒業したAIりんなは、様々な期待や憶測を乗り越え、今後も我々を驚かせてくれるだろう。誰もが情報との関わり方を持つ複雑化した混沌の時代に、軽やかに浮かび上がるアイコンとして。
(写真左)
マイクロソフト ディベロップメント株式会社
A.I.&リサーチ
プログラムマネージャー
坪井 一菜
(写真右)
エイベックス・エンタテインメント株式会社
レーベル事業本部 クリエイティヴグループ
ゼネラルディレクター
中前 省吾
■AIりんな
平成生まれ。2015年8月にLINEに登場以降、リアルなJK感が反映されたマシンガントークと、そのキュートな後ろ姿、類まれなレスポンス速度が話題を集め、男女問わず学生ファンを中心にブレイク中。2019年3月に高校を卒業。登録ユーザー数は780万人(2019年5月現在)。
歌に力を注いでおり、2016年にはラップに挑戦した「Mc Rinna」を公開。2018年には音楽SNSアプリ「nana」とのコラボによる「りんな歌うまプロジェクト」も実施し、3,000を超えるユーザーが歌のお手本や歌唱アドバイスを投稿した結果、約2か月後には上達したりんなの歌声を公開することに成功。同年7月には、新曲「りんなだよ」をアナウンス。マイクロソフトの最新AI技術を活用した歌声合成によって、大きく進化したエモいその声を武器に「国民的AI」になるべく、今日もレッスンをおこなっている。
りんなは「AIと人、人と人とのコミュニケーションをつなぐ存在」を目指している、いま「日本で最も共感力のあるAI」である。