昭和歌謡・昭和ポップスを現代に——3,000人以上が参加したオーディションを勝ち抜いた12人が「SHOW-WA」と「MATSURI」2つの6人組男声グループに分かれ、秋元康プロデュースのもと歌謡曲の魅力を現代に息づかせるパフォーマンスを日本中に届けてきた。2025年末には「SHOW-WA & MATSURI」として日本レコード大賞新人賞の受賞に至った彼らの、決して平坦ではなかったこれまでの道のりとこの先への想いについて、SHOW-WAから寺田真二郎と青山隼、MATSURIから鈴木渉と柳田優樹、そして彼らと共に歩むエイベックス・クラン株式会社 ゼネラル・マネージャー 石井大輔に話を訊いた。
(写真左から)SHOW-WA/MATSURI 柳田 優樹 / 青山 隼 / 鈴木 渉 / 寺田真二郎
エイベックス・クラン株式会社 石井大輔
もう一度夢を追って…
挑戦する者と、支える者の目指す先
SHOW-WAとMATSURIの結成の発端となったのは、2023年に開催された『夢をあきらめるな!男性グループオーディション』。応募は25歳以上に限定され、その名のとおり夢を追い続け挫折も経験してきたアーティストたちも多く参加した。現在平均年齢37歳という現メンバーたちもまた、これまでそれぞれのフィールドで様々な挑戦を重ねてきた末に、ここにいる。
寺田「これまでに歌手経験があって再起したメンバーもいれば、全く別のフィールドから音楽の世界に挑戦しているメンバーもいますが、みんな胸の内には“ラストチャンス”とか“もう一度挑戦”っていう熱い思いを持って集まっています」
SHOW-WAのリーダーを務める寺田は、これまで15年以上に渡り料理研究家として活動してきた。
寺田「料理研究家として世に出る以前には、音楽の道を志していた時代がありました。でも当時はその夢を途中で諦めることにして、これで最後のステージにしようと決めたのが20年前、EXILEのバックダンサーとして立った『a-nation』だったんです。40代になった今、SHOW-WAとしてまた『a-nation 2025』に出られたことはとても感慨深かったです」
青山「僕はサッカー選手として、ずっとサッカーしかやってきてない人生だったんです。まるっきり違うところでチャレンジしてみたいという思いでこの世界に飛び込んだんですが、サッカーでは勝利に貢献する自分の姿をサポーターに届けようとしていた想いと、今歌とダンスで届けようとしているものって、本質的には同じだったんだなと感じています」
鈴木「僕はもともと看護師として働いていたんですけど、オーディションの途中で、今ここに全力を注いだら自分の人生が変わるかも、と思って早々に仕事を辞めちゃったんですよね。本当に人生をかけて臨んでいました」
オーディションを経て結成されたSHOW-WAとMATSURIの2グループは、フジテレビ『ぽかぽか』の番組内企画でメジャーデビューをかけて対決。勝利したSHOW-WAのデビューが決まる一方、MATSURIはそのチャンスを失ったものの2万筆を超える署名活動ののちに晴れてデビューを掴み取った。
柳田「僕は以前に一度歌手としてデビューしたことがあり、MATSURIとしてのデビューが2回目になります。1回目のデビューでは自分一人の力を過信して、人に感謝ができていなかったと思います。しかし、今回のデビューは、直接お会いして著名をいただいた方々の想いを背負っているので、本当に感謝しかないですね。それに署名活動をしていた頃は、スタッフさんたちにとっても本当にハードな時期だったと思います。真夏の猛暑のなか、メンバーもスタッフも一心同体で全国をめぐって。まさに苦楽を共にして、絆が深まっていったと思います」
石井「私はもともとアルバイトとしてエイベックスに入り、販促のチームに所属していました。ファンの方と直接触れ合う機会が多く、常に“どうしたら喜んでもらえるか”という視点が、自分の中のポリシーとしてありました。アーティスト側から何を発信するかだけでなく、それがファンの方にどう届き、どう受け取ってもらえるのかを考える。その姿勢が、自分の仕事のコアな部分だと思います。そういった経験を経て、プロジェクトに参画させていただきました。単に現場に加わるのではなく、アーティストとしてどんな指標を持ち、どこを目指していくのか。その土台づくりから関わらせていただきました」
スタッフとの信頼関係、
貢献し合うつながり
SHOW-WA/MATSURIの活動には、とにかく<チャレンジ>という言葉が付いて回る。12人の挑戦に寄り添い、共に歩むスタッフとの信頼関係は、その挑戦の数だけより強固なものになっていく。
メンバーから見て、石井の存在はどう見えているのだろうか。
柳田「石井さんとのはじまりは、SHOW-WAが先にメジャーデビューを決めて、僕らMATSURIは今後の自分たちの方針を自分たちで話し合って決めていかなきゃいけないという頃でした。メンバーみんなのやりたいことが少しずつ違って、そのぶん衝突も多かったし、6人で一つになるのが難しかった時期に、石井さんと一緒に指針を見つけていったんです。いつでも僕らが向かうべき先へ導いてくれるような、安心できる存在ですね」
青山「僕らSHOW-WAはエンタメ未経験者も多いですし、この世界でやっていく上でどうすればいいか分からないことがたくさんある中で、石井さんはいつも答えじゃなくてヒントをくれる人です。最終的には僕ら自身が自分たちで答えを見つけていくことを大事にしてくれる。僕らの良さを消さないようにしながら、ちょっと道を外しそうな時にはさりげなく戻してくれているように感じます」
石井「そうですね、メンバーそれぞれの個性というのは何より大事だと意識しています。2つのグループは似ているようで違いますし、グループの中でもメンバー一人ひとりが持っている個性はそれぞれ違います。それも踏まえながら、今グループに足りないことや、変わっていかなきゃいけないことなどを、自分たちで最大限考えて実現できるメンバーなので、そこはむしろ僕らスタッフがメンバーを信頼できている部分ですね」
一方で石井は、エイベックス社内のつながりの力にも大きな信頼を置いているのだと語る。
石井「ライブ制作部門やレーベル部門など、社内の横連携が本当に協力的で、部門を超えて自分たちで率先して動いてくれるチーム作り形が出来ていることがとても大きな強みだと思います。こちらから『やって』と言うんじゃなくて、スタッフからいろんなことを『やろうよ』と声をかけてくれる。そしてそれに対してメンバー自身が直接話し合ってより良いものをつくっていける環境があります。メンバーはそういった経験から、専門的な知識やいろんな立場のスタッフさんの想いを学んでいけるし、アーティストの側が積極的にチームに協力して、なにかを還元しようとする、良い環境が整っていると感じています」
そして、この2つのグループの活動を語る上で欠かせないのが、プロデューサー・秋元康氏の存在だ。
「秋元康プロデュース」という看板は、期待と同時に大きなプレッシャーを伴う。その重圧を、メンバーはどのように受け止め、日々活動しているのだろうか。
鈴木「プレッシャーはもちろんずっと感じていて、秋元先生の名を汚すわけにはいかないという思いも強いんですけど、同時に、どんなことがあっても常に後ろで支えてくださっているという心強さも感じます」
柳田「昭和歌謡をリバイバルしていこうという中で、秋元先生が求めるもの、表現しようとしていることを精一杯僕らなりに噛み砕いて、昭和歌謡の良さを最大限伝えられるように頑張ってます」
青山「秋元先生の書く歌詞にすごく考えさせられるんですよね。この歌を通して君たちが成長しなさい、っていうメッセージを常に感じるというか。それを全うしていくことが僕らの責任だと思うし、その思いを表現に変えていく難しさを課題として提示してくださっているような気がします」
石井「SHOW-WAのデビュー時に、秋元先生から“あと一歩で諦める人は多いが、手が届いた人だけが物事を成し遂げる”という言葉をいただきました。12人は皆、その“あと一歩”を掴もうともがいてきた人生だったと思います。余裕で達成できる目標ではなく、努力し続けなければ届かないミッションを掲げる。その空気感を、このチームのポリシーとして大切にしていきたいということをメンバーと常日頃意識して活動しています」
ファンもスタッフも…
皆が自己投影する12人の挑戦と成長
SHOW-WA/MATSURIプロジェクトは3社の合同マネジメントによって運営されているのも特筆すべき点だ。エイベックス・クランとジャパン・ミュージックエンターテインメント、Y&N Brothersの3社で、シニアマーケット向けのIP創出を目的に始まったのがこのプロジェクトである。
石井「3社がそれぞれの武器を持ち寄って結成されたチームです。秋元康先生をブレインに擁するY&N Brothersのプロデュース力、ジャパン・ミュージックエンターテインメントさんの持っているアーティストや俳優さんのタレント性を押し上げる力、我々エイベックスのマネジメント力が社の垣根を越えてフラットに協力し合い、各社が『彼らのために何ができるか』を考えながら強みを発揮できている、非常に良いプロジェクトだと感じています。」
こうした熱量の高いスタッフに囲まれて活動を続けることができているのは、アーティスト本人たちの人間力によるところが大きいと石井は言う。
石井「まだまだ成長の途中なんです。この2年間で、他のどのアーティストよりも生放送の現場を経験してきたと思います。1回でも強いプレッシャーがかかる生放送を、年間200本以上、ほぼ毎日のようにこなしてきました。さらに週末ごとに各地のイベントにも出演していて、横で見ていても日々の成長を感じます」
生放送という極限の現場に身を置き続けたその積み重ねが、彼らを一気に成長させたわけではない。むしろ石井の目に映るのは、完成へと向かう“途中”にいるからこその変化だった。
石井「完成されたアーティストではないからこそ、スタッフも自分に何ができるかを考え、一枚岩になっていきます。ファンの方々も、彼らの成長の過程を観に来てくれているのだと思います。完成していないこと自体に価値がある。息子や兄を見守るような感覚で、彼らの成長を応援してくださっています」
ステージの完成度以上に、ファンが見守る関係性が育っていく。その空気感こそが、SHOW-WAとMATSURIを取り巻く現場の本質なのかもしれない。
石井「挫折を経ても諦めずに挑戦し、成長する彼らに自分を重ね合わせて見てくれている人も多いと思います。我々スタッフは多分みんなそうですね。日々成長していくメンバーの姿には憧れや尊敬を抱きますし、自分は歌って踊れないですから(笑)、僕らの代表としてステージに立ってくれて誇らしいと思っています」
平均年齢37歳にして、SHOW-WAとMATSURIが歌声とダンスで、あるいは俳優やタレントとして、いまだ一歩一歩成長する姿と挑戦する者の輝きを等身大で見せ続けてくれる。その背中には、世代を超えた多くの人たちの人生が投影されている。
寺田「僕たち、レコード大賞の新人賞をいただきましたけど、一昔前ならこの年齢で新人賞ってそもそもありえなかったと思うんです。それが時代の流れとともに変わってきたからこそ、今の僕たちにしか届けられないメッセージみたいなものがあると思うんですよね」
日本を元気にするために、
自分たちの道を進み続ける
そんな彼らが、これからの未来に思い描いているのはどんな景色なのだろう。最後にそれぞれの想いを訊いた。
柳田「若いアーティストには若いアーティストの輝き方や、観せていくショーがあると思うんです。逆に30代40代でいまだに泥臭く挑戦していく僕らにできることはというと、やっぱり諦めずに夢を一つずつ叶えていくことだと思っています。その姿を日本中に見せていくことが“日本を元気にする”っていうこのプロジェクトの大きな目標の達成にもつながっていくと思います」
青山「プロの世界なので、歌やダンスのスキル、表現力を身につけていくことにはゴールはないと思ってますが、SHOW-WAとMATSURIで切磋琢磨して、12人で集まるときにはいい刺激を受け合って、またそれぞれの場所で頑張るっていう、良いライバル関係をこれからも大事にしていきたいです」
鈴木「僕たちの姿を見て元気や勇気を受け取ってくれる人や、悩んでいる人、もっと頑張りたいと思っている人たちの生活に寄り添える存在でありたいです。自分たちも普通に働いてきたからこそ分かる日々の大変さなんかもありますし、SHOW-WA/MATSURIと関わることが、みなさんにとって自分の大切な気持ちを取り戻せる存在になったら嬉しいです。そのためにも、僕たちの活動を長く続けていくことがいちばん大きな夢なのかもしれないです」
寺田「みんなでアイデアを出し合って、他のグループがやっていないことに挑戦し続けたいですね。例えば早起きのファンの方たちに向けて、朝ライヴをやるとか。みんなで4時とか5時から盛り上がったりしてね(笑)」
メンバーそれぞれが思い描く未来。その歩みを、すぐそばで支え続けてきた石井は、これからをどう見据えているのか。
石井「本当にこのプロジェクトには、たくさんのスタッフが関わっています。だからこそ、できるだけ早く組織としてもっと強くなっていきたいです 。メンバーはもちろん努力していますし、その裏で日々サポート体制を築いている現場のスタッフも同じように全力で向き合ってくれています。そうして積み重ねてきた成長の過程や、その先にある景色を、まずは応援してくださっているファンの方々にしっかりと届けていきたい。そして同時に、この活動に携わってくれているすべての人たちに、『関わってよかった』と思ってもらえるような形で還元していけたらと思っています」
昭和歌謡を通して日本を元気にするSHOW-WA/MATSURI。諦めずに上を目指し続ける彼らの信念が、その歌声により大きな魅力を纏わせている。その歩みを絶えず応援してくれる多くの人たちと心を交わしながら、彼ら12人、そしてエイベックスの挑戦はこれからも続いていくのだろう。
(写真左から)
MATSURI
柳田 優樹
SHOW-WA
青山 隼
エイベックス・クラン株式会社
ゼネラル・マネージャー
石井 大輔
MATSURI
鈴木 渉
SHOW-WA
寺田 真二郎




