フェスでもクラブでもない“サードウェーブパーティー”をテーマに、2016年から毎年場所を変えて開催してきたTropical Disco。イメージモデルに旬なファッショニスタを起用し、ファッション誌『NYLON』の表紙を2年連続で飾る等、ファッションと融合させるスタイルでも注目を集めてきた。2018年は、東京湾に浮かぶ無人島・猿島で10日間にわたって開催される。多くの音楽好きを魅了するこのイベントを手掛けるエイベックス・エンタテインメント株式会社の渡辺新に、Tropical Discoを行う意義や、そこへ込められた想いを聞いた。
Tropical Disco
は0から1を作り出す場所
渡辺は2016年に第1回目が開催されたTropical Discoの立ち上げから携わり、エイベックスに入社したのも同時期。フェスやクラブでもないシチュエーションで音楽を楽しむことをテーマに、Tropical Discoというプロジェクトはスタートした。
「Tropical Discoに関しては、立ち上げ当初から自分の意志を強く反映させながら携わっています。ただし、社内でこのプロジェクトに関わっている人数は少なく、運営自体は外部の方たちに協力してもらっています。立ち上げの時からほとんどメンバーは変わっていませんね」
そもそもこのイベントを立ち上げる大きな動機は何だったのだろうか。
「例えば、昔は六本木のヴェルファーレというクラブにたくさんの人が集まってコミュニティが形成され、そこから多くのアーティストが生まれました。フェスが出来上がったコミュニティの集大成だとしたら、Tropical Discoはそれ以前のものというか、0から1を作り出す場所が必要だと考えたんです。エイベックスって元々はそういうことをよくやっていたと思うし、もしそういう場所が作れれば、それはエイベックスにとっても、シーンにとっても有益なものになるはず。僕はマネジメントの仕事も並行してやっているので、Tropical Discoというコミュニティからアーティストを生み出したいし、そのアーティストを外に出すことでシーンを盛り上げたい。Tropical Discoは、そういう志を持ってスタートしました」
Tropical Discoの第1回目は豊洲MAGIC BEACH 、そこから夢の島マリーナDimare、逗子Sufers、そして今年の猿島へと場所を変えながら開催してきた。その意図と戦略を聞くと、「ある意味、必死になって動き回っている」という意外な答えが返って来た。
「ひとつの場所で開催できたら楽かもしれませんが、現時点ではお客様に対して付加価値を与えるために、シチュエーションを変えている部分もあります。結局のところ『ユニークなコンテンツって何?』っていうのを考えると、パーティーにとってシチェエーションは1つのユニークネスになりうる。場所を変えるのは少しでもお客様が楽しんでくれるようにするための付加価値の部分であり、僕らにとって大事なのはまずはコミュニティを作ることで、最終的にそこからアーティストが生まれれば1番いい。エイベックスで言えば、かつてマハラジャやジュリアナ東京というコミュニティの中で小室哲哉さんとのコネクションができ、そこからTRFが生まれたように、やはり自分たちの作ったコミュニティからアーティストを出したい気持ちが強いんです」
80年代のイビザを彷彿とさせる
奇跡の瞬間
猿島は都内から約1時間で行ける無人島で、島内には国の史跡に指定されている要塞があり、その美しさは“ラピュタの城”と形容されるほど。また、ビーチからは夕暮れ時に極上のサンセットが楽しめるシチュエーションだ。ただし、その交渉の始まりは前途多難。渡辺は自ら横須賀市に連絡して企画を売り込んだものの、ホームページの禁止事項には「大音量を流すための音響機器(DJブース等)を設置・使用すること」の項目もあった。
「最初はダメもとだったし、まずはどういうイベントなのか資料を送ってくださいという感じだったので、『15分でもいいのでプレゼンさせてください』と言って横須賀市役所まで行きました。ただし、行って話してみたら、これはあながち全く無理ってことはないかも……と感じて。いろいろ話を詰めていくうちに、向こうの方も情熱を持って取り組んでくれました」
それでも、通常のハコであればまったく気にもならないような問題が山積みだったという。
「そもそも電気が無いので全部ラジエーターで補いました。あと、真水が無い。それに船をチャーターしないと物が運べないし、加えて天候のリスクもありました」
それでも今年のスタートは天候に恵まれ、「1日目はめちゃめちゃ暑かった。不安もあったし、張り切ってもいたと思うんですけど、最後にはフラフラになりました」と渡辺は語る。ただし、渡辺は何よりも猿島のサンセットの美しさに感動していた。
「あの……ぜひ来てくださいっていう感じです。本当に損はさせないので。個人的には、恐らく“80年代のイビザ”ってあんな感じだったんだろうなと思いました。本当に音楽が好きな人たちが、そんなに多くない人数で集まって、すごくピュアなことをしている――みたいな。今の時代って情報が多いので、一気に伝わる反面、落ちるのも早い。それをしっかりと根づかせるために何をすべきかは常に考えています。今来てくれている人たちが、少数で良いので自分の身近な人にしっかり伝えてくれれば良くて、それだけのパワーを持ったコンテンツであることは間違いないと思います」
音楽面でも世界のトップが集うTropical Disco。今年は第1弾でJose Padilla、Shinichi Osawa(MONDO GROSSO DJ Set)、BUSY P、SOULECTION、第2弾ではよこすか開国花火大会、Rainbow Disco Clubとのフィーチャリング。そして第3弾ではTropical Discoの第1回目を飾ったAlex Adairの2年ぶりの来日に加え、最終日にはなんとBreakbot & irfaneが登場する。
「僕からすると、あの夕日の中で、SOULECTIONが音楽をプレイしているっていうのは奇跡に近い。あれこそすごいキャッチーだし、多くの人に伝わると思います。Tropical Discoは、1度来たらみんな戻ってきたいと思ってくれるんじゃないかな」
シーンを作ってアーティストを生む
D.I.Yの精神
改めてTropical Discoへの想いややりがいを渡辺に聞くと、「ピュアなシーンを作りたいってだけなんですよね」と、少し照れながら答えた。
「例えばLDHさんは、しっかりダンスのカルチャーに根ざした上で、シーンに食い込んでいる。その根底にはピュアな想いがあると思うんですよね。エイベックスもコンテンツをどう生み出すかで悩んでいる時期もありましたけど、それって昔はみんな足繁くコミュニティに通っていたのが、徐々にさまざまな理由で足を運ばなくなって距離が生まれ、本来結ばなければいけなかったコネクションが無くなり、コンテンツが作れなくなったんだと思います。やはり、ピュアなコミュニティがベースにあって生まれるものは強いので、僕はまずそれを作りたい。さらに今はグローバルな時代なので、海外の人たちと『こういう取り組みはできないか?』という話も直接できている。去年出演したアーティストが、今年何枚か弊社のレーベルからリリースする話もあります。今やっていることがすべて1、2の3で花が開くとは全く思っていません。ただし、Tropical Discoでやろうとしていることは“しかるべきトライ”であって、レーベルとして、マネジメントとして、やらなければいけないことだと考えています」
レーベルとマネジメントというふたつの顔を持つ渡辺。それぞれの経験が渡辺の考え方の礎となり、さらにその根底には、エイベックスに脈々と受け継がれるD.I.Yの精神が流れている。
「アーティストのマネジメントをやっていると、例えばリリースします、ライヴやりますってなった時に、どこのコミュニティに向けてプロモーションするとか、フェスやイベントに出すかっていう悩みが常にあって。それってアーティストファーストになってシーンに食い込んでいくのか、コミュニティを作ってアーティストを生むのかの違いで、マネジメントの時は前者で、Tropical Discoは後者なんです。Tropical Discoに関しては、現場を回しながらやっているのでやることは多いですけど、みんなこうやって作っていたはずなんですよね。エイベックスにおいても松浦会長を始め、みんなD.I.Yで作っていたはずなので、僕が今やっていることは特別ではないと思います」
かつてのヴェルファーレ及び、スーパー・ユーロビートのムーブメントも、成り立ちは後者。ある日のピュアな手法を、Tropical Discoは踏襲していると言えるだろう。
「恐らく昔もメディアに載る前の、濃くて長いストーリーがあったと思うんです。今でこそあんなだけど、昔から知っている人は知っていて、『あれね』みたいな。そこまでの地道な作業を今はやっていて、それが繋がっていけば、Tropical Discoは素晴らしいコンテンツになるはず。それこそ2020年とかには、海外の人がみんな来たいと思ってもらえるようなコンテンツにしたいし、しなければいけないと考えています」
仕事に限らず、今でもフェスやライヴによく行くという渡辺。インタビュー中、音楽の話をするその目はピュアそのものだった。そんな渡辺が、「僕の人生において、今までやってきた仕事の中で最高級に好き」と胸を張って言えるのがTropical Disco。関わるスタッフ、アーティスト、ゲスト……すべての音楽を愛する人々のピュアな想いが詰まったTropical Discoは、静かに、だが着実に、未来へ繋がる新たなコミュニティを作り始めている。
エイベックス・エンタテインメント株式会社
レーベル事業本部 第3プロデュースグループ
Cutting edgeユニット
エイベックス・マネジメント株式会社
第1マネジメントグループ
第2ユニット
渡辺 新